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鈴の本箱

本のこと、あれこれ(覚書)

穴埋め

人文・教育

 地元の書店には、夏休みの課題図書がまだ平積みされています。

 私が小学校の時は課題図書の読書感想文は全員提出だったので、夏休み初日には多くの生徒が近所の本屋に行き、狭い店内には課題図書を抱えた子供たちがレジの前に列を作ったものでした。

 今から十年前、小学生だった甥っ子に夏休みの宿題についてたずねたら、「自由研究と、工作または絵と、感想文。この三つから選ぶんだよ。だから僕は絵を描くことにしたんだ。だって課題図書はどれもつまんなそうなんだもん。」と答えました。

 確かに毎年発表される課題図書は、自分好みの作品が選ばれるとは限りませんし、その中から仕方なく選び、仕方なく読んで感想文を書くことは楽しい作業ではありませんでした。

 夏休み後半になっても書店に山積みの課題図書を見ると、今も感想文は選択制なのかなと思いながら表紙に目を走らせていると、その隅に置いてある一冊の本が目にとまりました。

『必ず書ける あなうめ読書感想文』

必ず書ける あなうめ読書感想文

 

うめるだけで書ける!!

 感想文を「穴埋め」とは恐れ入りました。でも、文体としては本人のものではないわけですからすぐにバレそうなものですし、似たような感想文が量産される可能性もあります。ただ、先生がそれに気づくかどうかという別の問題がそこに潜んでいるようにも思えます。 

 余談ですが、私が中学生のとき、理科の宿題が1学期の総復習をノート一冊分にまとめるというものでした。理科担当のY先生は、私が頬杖をついただけでも怒鳴る人なので大嫌いでした。当然、その科目も大嫌いで、当然成績もかなりイタイ。憂鬱な宿題にため息をついていると、隣の席のT君が言いました。彼には年子の姉がいます。

 「な、知ってるか?姉ちゃんが言ってたんだけど、あいつ、宿題なんか見ないんだぜ。パラパラっとめくって、シャチハタハンコ押すだけ。ノートをなんでもいいからうめておくだけでいいらしいぜ。だから、俺さ、姉ちゃんが去年使った参考書丸写しするんだ。試してみようぜ。」

 これは朗報と思い、さっそく学校帰りに薄〜い参考書とノートを買って、そっくりそのまま丸写し作業に入りました。おかげで夏休み最初の3日ほどで完了。

 2学期の始業日に提出したノートは翌週すぐに返されました。T君の言う通り、コメントの一つもなく、最後のページにシャチハタがポンと押されただけでした。

 「ほんと、ハンコだけなんだね」

 「だろ?何が書いてあるかじゃなくて、ノートが埋まってるかどうかなんだよ。まともにやってらんねーよな」

 私もT君も、参考書丸写しのノート1冊の効果が2学期の成績に反映されることはありませんでした。そんなことすらY先生は気にも止めません。  

 また、クラスで優等生のT子ちゃんの読書感想文が発表されたとき、国語の先生が絶賛したことがありました。要領のよいT子ちゃんは著書の「あとがき」を丸写ししたのでした。後日、それが「あとがき」だとわかったのは、図書委員のN子ちゃんの指摘によるものでした。

 中学生の私が先生たちから学んだことは「どうせ、先生は読まない。提出さえすればいい」ということです。

 目を通さない確率が高い先生が担当で、作文が苦手な生徒にとって、この本は救世主と言えるかもしれません。

 私はたとえわずか数行の簡素な文だろうと、レトリックが欠けていようとも、自分で考えて書き綴った方が、おもしろい感想文になると思うんですけどね。

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