鈴の文箱

日々の雑感(覚書)、本のこと(ネタバレあり)

ぽたぽた (名作童話集)

 三木卓の短編童話集『ぽたぽた』

ぽたぽた (名作童話集)

 主人公リョウが身近な生き物と交流したり、生活の中で感じた素朴な疑問を描いた作品集です。ほのぼのした作品のほかに、わりとシュールな作品もあります。私が特に印象に残ったのはこの二作。(以下ネタバレ)

『びょうき』

 リョウが四十度の高熱を出して寝込むお話です。かなり深刻な病状で熱にうなされたリョウは三人の大人が現れる夢を見ます。

 一人目は象を連れた見知らぬおじさん。リョウを象の背中にのせてやり、チョコレートを与えてこう言います。

 「リョウ。おまえがほしかったら、いえでもなんでもあげる。あそぶものもなんでもある。だからわしの国へおいで」

 「ひとりでかい、おじさん」

 「うん」

 「とうさん、かあさんは」

 「あのひとたちは、あのひとたちのしごとがある。リョウはわたしとなかよくくらすんだが、それでいい」

 二人目はリョウを生まれたときから知っているという黒い服をきたおばさんが現れます。

 「リョウがうまれたときからしっているわ」

 おばさんは、とくいそうにいいました。

 「わたしの子だったら、どんなにいいだろうって、おもっていたの。どう、これからいっしょにくらさない」

 「かあさんがいいっていったら、くらしてもいいけれど」

 「かあさんなんか、いいていうわけがないでしょう。でもわたしのほうが、ずっとやさしくかわいがってあげるよ。だってわたしは、リョウのかあさんより、ずっとずっと、百万億二千倍もリョウのことすきだら。わたしは、ほんとのかあさんより、ずっとずっとずっといいかあさんになれるよ」

 三人目は背広を着た白ヒゲのおじいさんです。このおじいさんは厳格で、リョウはなにもしらないバカだからユークリッドの幾何から叩き込んでやるといいます。

 「リョウはもっと、わしのことをうやまわなければいけない。とうさんかあさんの、しつけがよくないな。まあ、それはいい。おじいさんのところへおいで。まいにちまいにち、一日中、たいせつなことを、おしえてあげる。りっぱなおとなになれるよう、わしのしっていることを全部おしえてあげるから」

 「ぼく、かよってもいいですか」

 「いや、ちょっとそれはむりだな」

 そしてリョウの手をつかえて、強引につれていこうとするのですが、それをふりほどいて走り出したところで夢がおわります。

 後日、リョウはおかあさんにその話をしました。無邪気なリョウはこう言います。

「ぼくもうげんきだよ。でも、あのひとたちのとおくのうちへ、とうとう行ってあげなくて、わるいことした。ぼくもちょっと行ってみたかった。行ったらたのしかったでしょうね」

 おかあさんは返事をせず、黙ったまま、しっかりとリョウを抱きしめます。おじいさんが連れていこうとしたのはあの世だったかもしれません。

 一方で、私はこの夢に出てきた三人がリョウの両親についてはあまりいいことを言ってなかったことが気になりました。おかあさんは夢に出た三人の大人に心当たりがあるのでしょうか。舅、姑?私ったらすっかりおばさん発想です。

 

 『てぶくろ』

 見開き2ページのとても短い作品です。

 リョウはてぶくろを片方だけ落とすくせがあったので、おかあさんはふたつのてぶくろを毛糸でつないであげました。

 ある日のこと、日がくれてもリョウが帰ってきません。

ベッドの上には毛糸でつながれた、てぶくろ。

それをみつめていると、かあさんはへんなきもちになります。

てぶくろは、リョウをおとして、かえってきてしまったのかしら。

ラジオが七時のニュースをやっています。

リョウは、まだ、かえってきません。

かあさんは、げんかんのでんきをつけます。

  おかあさんの“へんなきもち。小さなインクの染みが心にポツンとついて少しずつ広がっていく感じ。不安、憂鬱、心配、胸騒ぎ...。そんな心情が短い文章に凝縮されています。まるでこれからサスペンスがはじまるようにも感じます。物騒な世の中ですからついそんな感情にとらわれてしまいます。

 でも、子供の視点だとどうでしょう。毛糸でつながれたてぶくろは動きにくいからおいていこうと思ったのかもしれません。冬は日が短いのでまだ大丈夫と思っていたら遅くなってしまったのかもしれません。

 大人の視点と子供の視点で読み比べるのもおもしろいですし、その後どうなるんだろうという想像も膨らむ一冊でした。

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