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鈴の本箱

本のこと、あれこれ(覚書)

ままならないから私とあなた

 隙間時間に少しずつ読んでいた『文学界1月号』。その中に掲載されていた書き下ろしの作品です。

浅井リョウ著『ままならないから私とあなた』

文學界2016年1月号

  二人の少女、薫と雪子。2009年から近未来の2022年にかけて、二人の対照的な姿を描いた作品です。

 合理性を求める薫と情緒的な感覚を大切にする雪子。デジタルな薫とアナログな雪子といったところでしょうか。

 十代のころからある音楽グループのファンだった二人。薫はデジタル技術を駆使した彼らのステージに興味を持ち、雪子は作曲を担当しているメンバーに憧れていました。やがて薫は技術開発の仕事につき、雪子は作曲家を目指します。

 雪子は作った曲を誰よりも先に薫に聞かせ、薫は雪子の作曲活動を応援し、そして彼女の曲を蓄積しています。そして雪子のためにと様々な新技術の開発に取り組んでいくのですが、やがてそれは雪子の作曲活動を脅かすものとなっていきます。

 それによって、二人が互いに「ままならない」ことを実感していくのです。それは音楽だけに限らず、互いの恋愛観や人生観にも広がっていきます。

 雪子は感情や人のつながりに重きを置いています。

 「意味がないこととか、無駄なこととか、新技術で簡単に省けちゃうようなことにこそ、人間性とか、あたたかみとか、そういう言葉にすらできないような、だけどかけがえのないものが宿るような気がするの」

  薫は雪子に反論します。

「車乗る、電車乗る、冷房も暖房も使う、スマホも使う、曲作るときだってもうパソコンで楽器の音打ち込む。自分にとって都合のいい新技術とか合理性だけ受け入れて、自分の人生を否定される予感のするものは全部まとめて突っぱねるって、そんなのずるくない?」 

 

 雪子は小学校で出会った渡邊君とずっとつきあっていて、今では結婚を意識しあう関係になっていますが、それゆえの悩みも抱えている。薫は結婚も合理的に条件が合う相手を求めて結婚相談所で決めてさっさと結婚してしまいます。

 彼氏がいることを聞いたことがなかった雪子は、薫の突然の結婚話に驚きます。そして、結婚相談所に紹介してもらった相手だと知ってさらにびっくり。条件があっても性格や価値観が合わないと結婚は難しいのではないかと問いかける雪子に、薫は疑問を投げかけます。

「それって本当に大切なこと?」

「性格とか価値観ってあとからでも変えられるじゃない。だから、まずはどうしたって変わらないところを許せるかどうかだなって思ったけどね、私は」

 性格が変えられるなどと思ったことがなかったので、薫のセリフは気になります。

 セックスについても薫は子供が欲しい年齢になるまでは結婚した夫とはセックスレスでもかまわない。恋愛結婚は非効率と言い放ちます。雪子はなんでも合理化する薫に反論します。

「ねえ、薫ちゃん。人と人との関係だけは、効率とかじゃないんだよ。それだけは絶対に合理化できないし、何も省けない」

  ラスト・シーンが近づくつれて、違いがはっきり浮き出てきます。薫の言う新技術や合理性は、今後も私たちの生活に利便性を与えてくれると思いますが、音楽や文学などの創造性までもが新技術に頼ってしまうと、自分の感性や想像力が劣化していきそうな気がします。アナログな私にそんなことを考えさせてくれた作品でした。