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鈴の本箱

本のこと、あれこれ(覚書)

三島由紀夫の言葉 人間の性

新書

今日は税務署に出かけましたが、確定申告の相談窓口に並ぶこと4時間以上...。新書一冊読了するには十分な時間でした。

佐藤秀明編『三島由紀夫の言葉 人間の性』

三島由紀夫の言葉 人間の性 (新潮新書)

  『決定版 三島由紀夫全集』から抜粋した箴言集といったところです。

 恋愛から政治に至るまでまとめられています。若干、現在では差別的に取られそうな表現もなくはありませんが、それは時代の流れといえるでしょう。

 それぞれ抜粋した文の出典を見ると、『婦人公論」や『婦人画報』などの女性雑誌をはじめ、いろんな雑誌に掲載されていたことがわかります。

 小さなリボンや、ピンや、小さなカードや封筒などからなる、小さな陰謀、ちっちゃな裏切り。何度となく繰り返される離反と仲直り、これは男同志の友情では見られないところの女同志の友情独特の恋愛のオサライ的形式である。

「女の友情について」より(「婦人画報」昭和26(1951)年4月)

 何度となく繰り返される離反と仲直り....するどい観察力です。

 小説の読者についても触れています。

もともと小説の読者とは次のようなものであった。すなわち、

人生経験が不十分で、しかも人生にガツガツしている、小心臆病な、感受性過度、緊張過度の、分裂性気質の青年たち。

あるいは、現実派である限りにおいて夢想的であり、夢想はすべて他人の供給に俟っている婦人層。

ヒステリカルで、肉体嫌悪症の、しかし甚だ性的に鋭敏な女性たち。

何が何だかわからない、自分のことばかり考えている、そして本に書いてあることはみんな自分と関係があると思い込む、関係妄想の少女たち。

人に手紙を書くときには、自分のことを二、三ページ書いてからではなくては用件に進まない自我狂の少女たち。

なんとなく含み笑いを口もとに絶やさない性的不満の中年女たち。

結核患者。軽度の狂人。それから夥しい変態性慾者。......

こんなこと言うと、人は小説の読者を世にも不気味な集団のように想像するだろうが、実はそうではない。

「小説とは何か」(「波」昭和43(1968)年5月)

  ショーペンハウアー並みの過激な言葉で表現されていますが、どことなく笑えるところも感じられる表現です。

 客観性を欠いた読書、批判のない読書、そして自分のためだけの、自分の気に入ることだけを引っ張り出すための読書、自分で結論が決まっていて、その結論にこびるものだけを取り出す読書、若い人の読書はおおむねこういうものが多い。

「青春の倦怠(アンニュイ)」(「新女苑」昭和32(1957)年6月)

 三島由紀夫の洞察力や先見力にただただ感心した一冊でした。