鈴の本箱

本のこと、あれこれ(覚書)

ビル・カニンガム & ニューヨーク

 先月25日に亡くなったフォトグラファーのビル・カニンガム。以前、彼を追ったドキュメンタリーを見たときに、その温厚で細身な姿とタフな撮影活動に感銘を受けて、再度視聴しました。

『ビル・カニンガム & ニューヨーク』

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(以下、ネタバレ)

  ビル・カニンガムはニューヨーク・タイムス紙で街の人たちのファッションを取り上げた「On the Street」と社交界を取り上げた「Evening Hours」のコラムを長年担当していました。

 初めからカメラマンだったわけではなく、もともとは婦人帽子に興味があって、ニューヨークに来て自分のお店をオープンさせたんですが、徴兵されて閉店に。その後も帽子作りに関わっているうちに彼のファッション・センスを買われてWomen's Wear Dailyで記事を書くことになります。その合間をぬって、彼はニューヨークの街を歩く人たちのファッションを撮り続けていました。やがてそれがニューヨーク・タイムズ紙の「On the Street」となるわけです。

 

 このドキュメンタリーの中で、私が感心したのは多くの野心や欲が渦巻くニューヨーク、しかもファッション業界や社交界の華やかな世界に身を置きながら、物欲に染まらずに楽しそうに仕事に没頭する彼の姿でした。そのなかで、ビルは金銭のやりとりについてはっきりとしたポリシーを持っているのが印象的でした。

 日中はニューヨーク・タイム紙で働き、夜は「ディティール誌」の編集の打ち合わせという毎日を送っていた頃、「ディティール誌」に関しては無給です。これは彼が望んだことで、創刊当時から彼が受け取らなかった金額をまとめて小切手にして渡してもビルは破り捨ててしまいます。2度も。

 やがてその雑誌はコンデナスト社に買収されますが、その買収先の会長が電話しても小切手を換金しないまま1年が過ぎ、再度、換金をするように言われても「金で買われたくない」とバッサリ。先方が「自分の金を受け取るだけだよ」といってもノー。

The important issue. 

Money is the cheapest thing. Liberty and Freedom are the most expensive. 

 「僕にとって大事な問題だ、譲れない。金なんて安っぽいことだ。自由こそもっとも価値があることなんだ。」

 ここまでこだわるのには「ディティール誌」はビルが自由に表現できる雑誌だったということもあります。100ページ以上も彼のぶち抜き記事をたびたび掲載したのは、編集者が彼の写真を高く評価したからこそ使ったわけですし、その対価としての報酬はあっていいわけです。しかし、彼の視点は全く異なります。

「金をもらわなければ、誰も口出しできないだろ?」

 つまり、写真を掲載するならレイアウト、ページ数など掲載に関することはすべて僕の自由にやらせてくれ、お金はいらないから。というわけです。ある意味、大きな駆け引きでもあります。でも、彼の野心はあくまで写真のみ。雑誌全般の権限を握るつもりは毛頭ないのです。

 雇用された形で自分の担当業務を自由にやりたいから報酬を犠牲するなんてことを思いもつきません。私は改めて「自由」の意味を考えさせられました。

If you don't take the money, they can't tell you what to do, kid.

That's the key to all things.

Don't touch money.

That's the worst thing you can do.

 「金をもらわなければ、彼らは口出しできないだろ?それがすべてに通ずる鍵さ。金に触れるな。触れたら最後だ。」

 ビルには苦い経験がありました。

 彼が帽子店を営んでいたときにパートナーを組んでいた裕福な家庭の女性レベッカから1000ドル投資してくれたのですが、その矢先、1951年にビルは徴兵されます。投資が無駄になると思った彼女は徴兵に反対。それに彼は驚きますが、自分の国に徴兵されたのだから行くと決意します。そんなビルを理解できない彼女はビルの親戚や家族に投資金の返済を求めます。裕福な彼女にとって1000ドルはたいした金額ではありませんが、当時ビルの軍の給料は90ドル。しかもそこから差し引こうとまでしたというのですからすごいものです。結局、家族が立て替えてくれたのですが、その経験からビルは学んだのでしょう。

 ビルは立ち退きを迫られているカーネギー・ホールの上階の角部屋に写真やネガを収納したファイル・キャビネットに囲まれて50年以上暮らしていました。トイレ・シャワーは共同。バーン・スタインもかつては住んでいたというその場所は、現在ではエディッタ・シャーマンという女流カメラマンとビルの二人だけ。いつも羽織っている青いジャケットはパリの清掃職員が着ている作業着で20ドル。移動はいつも自転車で、街を行きかう人々にカメラを向けています。

 華やかな場所で仕事をするビルにはもう一つのポリシーがあります。普段彼が口にする食事は質素です。パーティなどでどんなに勧められても食事はおろか、水一杯も口にしません。仕事に行く前に簡単な食事を済ませてから会場に向かいます。置かれた状況と距離を置くことで客観性が保てるからだそうです。

 彼の関心は服。セレブだろうと一般の人だろうとおしゃれに着こなしている人にシャッターを切る。彼のコラムに載せてもらおうと目論んでも、簡単にはいかないようです。

 ごく普通の労働者階級の勤勉なカトリックの家庭で育ったビルが、ステータスがすべての華やかな世界で、金や誘惑に見向きもせずにひたすら自分の仕事に没頭する。彼の信念とそれに伴う実績は、どんなセレブも富裕層も太刀打ちできない強さを感じます。だからこそ、ニューヨーク・タイムズ紙に40年以上も掲載することができたんでしょう。

  最後に彼はこう言います。

It is very difficult to be honest in New York, very difficult. To be honest and straight in New York, that's like Don Quixote fighting windmills.

 「ニューヨークで誠実でいることはとても難しい、ほんとに。正直でまっすぐいることは風車に挑むドン・キホーテのようなものさ。」

 彼のように強い信念を持ちたいものです。

 

 先週、マンハッタンのW57thストリートと5thアベニューに、「ビル・カニンガム・コーナー」のサインがつけられました。

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シャッターを切るビル・カニンガムの笑顔もすてきです。

ご冥福をお祈りします。