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鈴の本箱

本のこと、あれこれ(覚書)

『水』、『丸の内』(『群像』10月号より)

『群像』10月号「群像短編名作選」 文芸

 今年、創刊70周年を迎えた『群像』。10月号はその記念号として「短編名作選」です。

群像 2016年 10 月号 [雑誌]

 その短編作品は全部で54編。創刊から今日まで『群像』に掲載された短編作品をピックアップ。三島由紀夫太宰治から滝口悠生川上未映子など豪華な作家が勢ぞろい。長編しか読んだことのない作家の短編も興味深いですし、雑誌掲載のみの作品もあるようで、目次を見るだけでわくわくです。まるでアソート・チョコレートとかアソート・クッキーのギフト・ボックスみたいですね。どれを読もうかなと選べる楽しさといいますか、特定の文芸誌を毎号欠かさず購読しているわけではないので、こうした特集号はすごくうれしいです。今のところ、二つの作品を読み終えました。(以下、ネタバレ)

 

  • 佐田稲子作『水』1962年5月号。

 佐田稲子を知ったのはちょうど「年越し派遣村」がメディアに取り上げられているときでした。過酷な労働環境や不当な賃金などプロレタリア文学作品に描かれる状況に似ているということで、『蟹工船』をはじめいくつかそれらの作品が注目されていました。そのとき『キャラメル工場から』を読んで衝撃を受けました。『あゝ野麦峠』を読んだときも強烈でしたが、男性作家だけに社会的背景や工場の雇う側、雇われる側を含めて客観的な視点から描いているドキュメンタリーでした。一方『キャラメル工場から』は、女性ならでは視点で工女の家族、職場の雰囲気、特に工女本人の心理描写は細やかに描かれて共感する部分が多かったです。

 『水』は、主人公の幾代が上野駅ホームの駅員詰所の横にしゃがみ込んで泣いているシーンから始まります。掲載されたのが1962年ですから昭和37年の上野駅を想像します。パーマネントで伸びた髪を後ろで束ねた頭。ガーゼのハンカチで拭う涙。それだけで切ない状況がこみ上げてきます。そして淡々と彼女の涙の理由と人生が語られていきます。佐田稲子はこうした不遇な環境にある女性を描くのが本当にうまいと思います。

 

 舞台は東京、丸の内。ちょうど2002年は旧丸ビルから丸の内ビルディングが竣工された年でした。勤務先だったこともあって親しみのある地域が舞台だとストーリーに入りやすいものですね。主人公の男性はリタイア後、久しぶりに東京駅へ向かいます。八重洲にある眼鏡店に行くだけでしたが、そのとき久しぶりに着用した一張羅のジャケットのポケットに折りたたんである小さい紙片。開いてみると自分の筆跡なのに覚えのない電話番号が書かれていたところから話が展開していきます。ラストシーンはちょっとザワザワ…という感じがこの作品の魅力に思えました。

 

 さて、残り52編。次の80周年まで時間はたっぷり(笑)。のんびり読んでいこうと思います。