鈴の本箱

本のこと、あれこれ(覚書)

介護ビジネスの罠

 2月の下旬、母は自宅に戻る際、あと少しで玄関というところで階段を踏み外し腰を強打しました。打ち身だと思っていたのですが、あまりに痛みが続くので病院へ行くことになりました。しかし、我が家は中層マンションで階段のみ。その階段が降りられないので、介護搬送サービスを頼むことにしました。

 初めて「介護」と名のつくサービスを利用することになったわけで、まずはネット検索で介護搬送を調べたら料金設定も業者によって様々。結局、近所にある介護タクシーを頼むことにしました。「車椅子に乗せて階段を降り、2キロ先の病院へ搬送。介助人2名(内1名ナース)」で、1万6千円。車は介護車両として立派でしたが、車椅子ごと階段を降り始めてまもなく二人の介助人は息が上がってしまい、特にナースの女性のパワー不足が否めず、母が落ちないかとヒヤヒヤ。心配や不安の入り混じった経験となりました。

 「介護」ビギナーの私に何か参考になるような書籍はないかと検索してヒットしたのがこの一冊。注意すべき点は予め知っておいた方がいい気がして選びました。

『介護ビジネスの罠』長岡美代著

介護ビジネスの罠 (講談社現代新書) 

 本書は介護付きサービス高齢者住宅や老人ホームを中心に書かれていますが、介護保険サービスの利用限度額ビジネスにも触れています。今回、母の入院を通して、高齢者に対する病院の対応も似たような点がみられました。

 病院での診断は強打による腰椎の圧迫骨折。高齢ゆえに骨密度も低いので緊急入院となりました。母が三年前に右上腕の複雑骨折したときにお世話になった公立病院は体制が変わり急性期病棟と地域包括ケア棟に分かれ、先ずは急性期病棟へ。

 入院初日に何枚かの同意書を受け取った中にオムツの使用に関するものがありました。必要となった場合に自宅から持って来たもののみを使うのか、病院にあるのを使うのか、自宅から持って来たものを使ったのち、病院のを使うのかという内容。そして病院で使用されている製品説明書のコピーもありました。

 その製品シリーズにはパンツタイプもありますが、病院で使用されるのは寝たきり患者用だけ。今回は手術もなくコルセットで固定、骨密度を上げる注射を打つという治療方針でしたので、トイレまで連れていけば自分でできるので、オムツは使うことはないだろうと思っていました。

 ところが、ナースの人手不足もあってトイレまで連れていくという手間(介助というべきですが…)を省くためなのか、ポータブルトイレやオムツを使っていました。寝たきり以外の患者さんで毎日お通じがない場合、夜に下剤を飲ませ、粗相を避けるためにオムツをあてることがなされていたわけです。

 入院すれば運動量も食欲も減るわけですからお通じも出ないこともあるでしょう。パンツタイプなら自分で履くこともできるのに、寝たきりではない患者にそのオムツを使うために寝かせるのです(寝かせないとつけられないタイプ)。そこまでしてその製品を大量に使いたがるには何か理由があるのではと勘ぐりたくなります。

 当初ナースは母についてもトイレへ連れていくことに難色を示していました。(あ、介助がめんどくさいんだな)と感じた私は、毎日病院に行って面会時間内は母のトイレ介助をすることに決め、母はナースには毎日通じがあると言い続けました。他の病室でしばらく面会に来なかった家族がポータブルトイレやオムツを使用され気力を失った状態に驚いてナースセンターにクレームつけている光景を幾度か目にしたこともあります。

 寝たきりではない患者に下剤をかけてオムツをあてる。80~90代の高齢者とはいえ、自分でトイレに行ける人にとってそれは屈辱に思えます。羞恥心だってある。同室の92歳の女性もお通じがない日は下剤を飲まされオムツをされていました。高齢ですがしっかりした方で「トイレに連れてってくれれば大丈夫だから」と訴えても、「間に合わないと大変でしょ」と返される。すっかり気落ちしてベットにうなだれて座っているのをみていると心が痛みます。これではボケる患者が出てくるのも無理はないと思いました。

 本書にも触れていた「介護づけ」も共通しています。

 不必要なサービスによる「介護づけ」

 例えば、自分で排泄できる入居者まで夜中に起こしてトイレ介助をケアプランに組み込むのです。入居者のなかには『記録に(介助したと)書いてもいいから、寝かせてほしい』と嫌がる人もいたくらいです。

  自分で排泄できる患者に「おむつ」を使うことでおむつ代を請求できるわけです。共通していることは、患者本人の意思を無視している点だと思います。

 そんな周囲の環境に母もすっかり気が滅入って食欲も減退、なんとか励ましながら三週間ぐらいで痛みもとれ、ようやくリハビリ開始ということで地域包括ケア病棟に移動しました。

 移動した初日にナースがこう切り出しました。

 「この病棟は在宅復帰支援の病棟ですから、リハビリをしながら、ご自宅で迎える準備を整えていきましょう。今まで介護保険は使ったことがないんですね。お風呂やトイレの手すりをつけたりとか、杖も必要かな。今はおしゃれな杖もたくさんありますよ。介護ベットのレンタルなどは1割負担でできますよ。せっかく介護保険料も払われているんですから。」

 介護保険を使わないと損と言わんばかりか、ナースというより介護用品の営業マンと話しているようです。リハビリを始めたばかりの状態で介護保険を利用することを勧めるのも違和感を感じます。オムツの次は介護用品ですかと皮肉の一つも言いたくなります。

 「リハビリが始まったばかりですし、回復の様子をみてからでないと何が必要かは決めようがないので、少し検討させてください」

 「お母様は80代ですから、リハビリされてもなかなか以前のようにはいかない方が多いんですよ。無理するより、こうした介護用具を使って安全に快適に…」

 何歳だからこうである、という言い方はこの病院ではよく聞かされました。

 「え?母はリハビリしても以前のように生活できないのですか?ドクターも理学療法士の方もそんなことはおっしゃらなかったんですけど…」

 「いえいえ、そういうことではなくて、もちろんリハビリは大切ですが、こうした介護用具を使うことはお母様の負担も少なくすむし…」

 介護メーカーから紹介料でももらっているのかと疑いたくなるほどのセールストークが続くのです。

 「転ばぬ先の杖ってことですか?」

 「そうそう!そうなんです」そのときのナースの晴れやかな顔は印象的でした。

 「そうですか。でも母も私も「転ばぬ先の杖」より「転ばぬためのリハビリ」を選びますよ、やっぱり。」

 「…」

 実は「杖」は母にとって地雷ワード。ナースが去ったあと「杖だなんて人を馬鹿にして!家に手すり?電車じゃあるまいし!」とこの怒りがリハビリの原動力になったのは幸いでした(笑)

 そしてさらに気になったのが持ち込みした母の糖尿病の薬。一ヶ月分はあったので持ち込んだ薬をつかっていたのですが、そろそろ薬が切れるころ、地域包括ケア病棟のナースが同じ病院の内科への転院を勧めてきました。

 今かかっている都内の病院まで通うのは無理だというのです。すでにリハビリでは階段の昇り降りや股関節の筋トレを毎日1時間行っていて、順調に回復している矢先でしたので、何を根拠に無理だと言っているのかよくわかりませんでした。

 しかも「低血糖が続いたから」とインスリンの量が減らされました。低血糖症状が出たわけではなく、血糖検査キットで低い値が続いたからということでした低血糖の症状(冷や汗、めまい等)が出ていればリハビリなんてできるわけがありません。入院中、内科医の診察は一度もなく、血液の生検もなく、血糖検査キットの記録のみで判断されたようです。さらに、母のインスリン注射の打ち方が悪いと言い出し、打ち方の指導を二回も受けることになりました。整形外科で入院しているのに、なぜこんなに母の糖尿病にこだわるのか不思議でした。退院後、請求書を見て納得しました。インスリンの打ち方も在宅復帰支援の一つになっていて、請求項目に組み込まれていました。

  この本に出ていた「囲い込み」と「家族の弱みにつけ込む」も共通点があります。

 サービス付き高齢者向け住宅に併設されている訪問介護事業所を使うことを条件となっていたが、ケアプランで決められた時間どおりにサービスを提供していない疑いがあったので、不信感を抱いた家族が自宅で利用していた外部の訪問介護事業所に変更したら、「他の入居者に迷惑がかかりますので、すぐに退去するかケアマネジャーを当社に変えるか検討してくれ」と迫られたという内容でした。

 糖尿病に関しても同病院のほうがお母様のためですよと。このまま入院が長引けば持ち込んだインスリンを切らさないためには病院の言いなりならざるえない状況になるわけです。

 さらに自宅に民生委員から電話がかかってきました。母の老人会のメンバーで母曰く「いい人」です。母が気が滅入っているときに見舞いにきてくれたことに感謝を述べると、思いやりある言葉をいただきましたが、どこかモヤモヤ...。

 「私が見舞いに行ったら涙を流されてね、お母さんは随分と弱られてしまって心配してるんですよ。80歳を超えても頑張り屋さんのお母さんだけど、これからは無理なさらず甘えることも覚えないと。生活支援を利用するのはご家族の負担の軽減にもなりますから、せっかく介護保険があるんですからいつでも相談してね」と。

 そして地域包括ケア病棟から、地域包括センターの地区担当者へ母の容態が知らされる仕組みらしく、その地区担当者から母のリハビリの様子を聞いたというのです。私や母の知らないところでこうした情報が流れていくことに不快感を感じてしまいました。 

 ナースも民生委員も「親切」です。もちろん悪意があるとは思いません。しかし、本人やその家族が望んでいないのに、介護保険利用や同病院への転院を勧めるのが奇妙に思えて、「いい人」ですが「信頼」ができないのです。(よほど私がへそ曲がりなんでしょうかね)

 要介護度ごとにサービスの「利用限度額(支給限度額)」が決められている。(略)要介護者はこの範囲内で利用したサービスの費用の一割か二割を払うだけでいいが、事業者その全額が収入となる。

 近所の高齢者でいくつもの歩行器や杖を持っている方を見かけますが、全く使わず放置したままの様子を見ると勧められるがままに購入されたのかもしれません。「1割だから」といってすっかり回復しても介護ベットを借りたままの人もいます。事業者にとっては「まいどあり〜」ってわけです。

 在宅の要介護者を支援するケアマネジャーのもとには、「自宅での生活が難しくなったら、ぜひうちに紹介してください」と言ってサービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームなどの営業マンが日参し、入居者獲得を狙っている。

 「介護サービスの提供方法などを工夫すれば在宅でまだまだ生活を続けられるのに、安易に老人ホームへの入居を進めるケアマネジャーもいます。誰を選ぶかで、受けられる介護の質も違ってくる。ケアマネジャーは途中で変えられますが、現実には『世話になっているから』と遠慮する場合が多い。入り口(最初)の選択を誤ると、ヘタな老人ホームを紹介されて悲惨な目に遭うことだってあります。ケアマネジャー選びは大切にすべきです。 」

 「無理をしないで甘える」先には介護ビジネスがパックリ口を開けて待っているわけです。そこには寝たきり人生が待っている気がします。

 母はなんとか3月いっぱいで退院することができ、介護保険の利用や内科の転院もきっぱり拒否し、今後は整形外科の外来のみお世話になるということで落ち着きました。

 介護保険を利用することはなかったものの、母を含め自分の今後のためにもう一度この本を精読し、介護の仕組み、サービスの流れをきちんと理解しないと自分の意思とは関係なく流されてしまうことを実感した母の入院でした。