鈴の文箱

日々の雑感(覚書)、本のこと(ネタバレあり)

マンスフィールド・パーク

 ようやく読み終えた長編小説。

マンスフィールド・パーク』ジェーン・オースティンマンスフィールド・パーク (ちくま文庫)

 主人公ファニー・プライスを中心に展開していきます。その世界は極めて小さく、登場人物は親戚とその友人や近隣の人たちの構成です。

(以下ネタバレ)

  まず、この3人姉妹から。

長女:ミス・ウォード(ノリス夫人)
次女:マライア(バートラム夫人、トム、エドマンド、マライア、ジュリアの母親)
三女:フランシス(プライス夫人、ファニー、スーザンの母親)

  次女のマライアがサー・トマス・バートラム准男爵マンスフィールド・パークの当主)に見初められ、玉の輿となります。

 長女のミス・ウォードはサー・トマスの友人であるノリス牧師と結婚。財産のない牧師でしたが、サー・トマスの計らいで聖職禄を得てそこそこの暮らしです。牧師が亡くなった後、やたらバートラム家を訪れ、特にサー・トマスの留守中、あれこれ仕切りまくってうざい伯母さんです。決断力もなくいわゆる天然なバートラム夫人の子供たちの教育やしつけもノリス夫人が仕切りまくり。

 三女のフランシスは貧しいプライス海軍中尉と家族の反対を押し切って結婚したこともあって、三姉妹は11年間絶縁状態。その間フランシスは8人の子供が生まれ、まさに貧乏の子だくさん。困窮しているフランシスはついにバートラム夫人の助けを求めます。ノリス夫人の提案で、長女のファニーをマンスフィールド・パークに引き取りバートラム夫人の世話係にします。

 ファニー・ブライスはノリス夫人やバートラム夫人の姪であり、バートラム家の子供たちとはいとこ同士ですが、親の格差が影響し、マンスフィールド・パークでは肩身の狭い思いをしています。育った環境が違いすぎるための困惑、動揺が前半では描かれており、ノリス夫人の厳しい態度はバートラム家の子供たちとは差別的です。

 その中で牧師になる予定のサー・トマスの次男エドマンドはファニーに親切に接し、ファニーはひそかにエドマンドに心を寄せます。最初は慣れない生活でしたが、いとこたちと同様、読書や乗馬を楽しむ機会を得て、少しずつ洗練されていくのです

 サー・トマスの長女マライアが、ノリス夫人が薦めていた大地主で大金持ちのラッシュワース氏と婚約します。その後、間もなくロンドンからヘンリーとメアリー・クロフォード兄妹が現れます

 個性的な美人のメアリーにエドマンドは心を奪われてしまいます。メアリーが牧師という職業をけなしたり、失礼な発言をしても良い方に解釈してしまうほど、のぼせています。

 また、プレーボーイのヘンリーは婚約したばかりのマライアや次女のジュリアにもちょっかいを出し、その思わせぶりはマライアとジュリアの姉妹関係をもぎくしゃくさせ、婚約中のラッシュワース氏をやきもきさせます。

 そんなヘンリーのふるまいをファニーは心から軽蔑します。ロンドンの華やかな生活が身についたヘンリーとメアリーにとって、マンスフィールド・パークの人たちは暇つぶしの相手にすぎないのですが、ガードの堅いファニーに新鮮さを覚えたのかヘンリーが本気になりプロポーズまでしてしまいます。

 ここで「マライア→ヘンリー→ファニー→エドマンド→メアリー」という一方通行な片思い関係が成立。

 サー・トマスはヘンリーとファニーの結婚は良縁だと思い、舞踏会まで催してくれますが、ファニーはヘンリーの人間性を疑っていたし、エドマンドへの思いもあり、ヘンリーのプロポーズを拒み続けます。サー・トマスやノリス夫人はそんな彼女を恩知らずと思い、ファニーを実家に帰します。 

 ファニーが実家にいる間、あれだけファニーにご執心だったヘンリーは再びマライアと会い、マライア夫婦が住んでいる近くまで出かけたことを、メアリーの手紙で知ります。メアリーの手紙には兄ヘンリーがどこにいようと、彼の心はファニーだけだとグダグダと書き綴っているのですが、ファニーは嫌悪感しか残りません。

 ある日、実家の父親が読んでいた新聞に、マライア・ラッシュワース夫人とヘンリー・クロフォード出奔のスキャンダル記事を知り、メアリーの手紙は兄の失態をごまかすためだったことを確信したファニーは、その後も手紙をもらっても嫌悪、不快、恐怖以外感じられず、ショックを受けます。

マライアは半年前に結婚したばかりだし、クロフォード氏はファニーに熱烈な愛を誓って、執拗に結婚を迫っていたのだ。しかもマライアはファニーのいとこであり、家族全員が、両家の家族全員が固いきずなで結ばれて、みんなで親しいつきあいをしている間柄なのだ!
クロフォード氏の不安定な愛情は、虚栄心のために絶えずぐらつき、マライアは、結婚してもまだクロフォード氏を愛しており、そしてふたりとも道徳心がまったく欠如しているためにこのような恐ろしいことができたのだ。

 この事件は、エドマンドのメアリーへの恋心を打ち砕きます。メアリーの兄ヘンリーに対する弁護は、救いようもないほど勝手なものでした。

  • ファニーがヘンリーのプロポーズを断ったせいだ。もし断らなかったら、結婚の準備で忙しくて、ほかの女性のことなんて考えなかっただろうし、結婚したマライアさんとよりを戻そうなんて馬鹿なことは考えなかった。毎年サザトン・コートやエヴァリンガムで顔を合わせて恋の戯れを楽しむ程度で済んだはず。

 つまり、ファニーと結婚してもマライアさんと恋の戯れを楽しむつもりでいるってことですから、エドマンドにしてみれば、自分の妹や従妹を侮辱されたようなものです。

 さらに、

  • ヘンリーを説得してマライアと結婚させるべきである。バートラム家の支えがあれば、マライアは社交界での地位を取り戻せるだろう。そのためにはサー・トマスはおとなしくして妙な正義感から余計な干渉をしないこと。そのせいでマライアがヘンリーのもとを去るようになったら大変だ。サー・トマスがヘンリーの名誉心と同情心を信用してくれれば万事うまくいく。

 メアリーはバートラム一家の立場、感情など完全に無視した状態で、ヘンリーの弁護を口走っているわけですから、エドマンドは大ショック。

ぼくはあなたと知り合ってから、重要な問題に関して意見が違うことに、たびたび気づいていましたが、いまのあなたの言葉を聞いて、その違いがあらためてはっきりしました。

 意見の相違がたびたびあったら、とっくに熱が冷めてるはずですが、恋は盲目とはこのことです。(笑)

 この事件によって、ヘンリーのプロポーズを断っていたファニーの正しさは評価されますが、サー・トマスの苦悩は計り知れないものとなりました。

 不祥事を起こした娘の父親として、自分の行動が間違っていたことを痛感し、マライアがラッシュワース氏を愛しているかの確証もなくラッシュワース家の地位と財産、当家の利益と世間体で結婚を許可したことを後悔します。

 そしてサー・トマスはマライアとジュリアは小さいころから、父親とは正反対の教育を叔母のノリス夫人から受けていたことに気づきます。例えノリス夫人が二人を甘やかせても自分が厳しければ大丈夫だと思っていたが、その結果二人は父親の前でいい子ぶるようになり、父親は娘たちの本質を知ることができなくなってしまったのです。

 ノリス夫人はマライアとジュリアの愛情をつなぎとめるために、盲目的な愛情と過度のお世辞を頼りにし、ふたりを甘やかし放題甘やかしてしまったのである。
 マライアとジュリアには、人間にとって一番重要な道徳心、つまり現実の生活で発揮されなければならない道徳心が欠けていたのだ。マライアとジュリアは、自分の気持ちや性格を制御することの大切さを教えられなかったのだ。
 若い女性にとって大切なことは、洗練された礼儀作法を身に着け、ピアノや絵や外国語に秀でることだと考え、その教育はしっかり施したつもりだが、それだけでは、人間の道徳心に有益な影響を及ぼすことはできないし、人間の心に道徳的効果をもたらすことはできないのだ。

  「道徳心」がキーワードですね。「現実の生活で発揮されなければならない道徳心」、これは現代でも大事なことです。

 猛省を続けたサー・トマスの次なる悩みはマライアの今後。

 出奔したマライアとヘンリーですが、ヘンリーとの結婚は望み薄となり、彼への愛情は憎しみへと変わり互いに責め合いながらの暮らしは破綻を迎えます。マライアとラッシュワース氏との離婚は当然、成立。

 ノリス夫人は罪を犯したマライアに愛情やら同情やらが増したそうで、実家に戻そうと提案しますが、サー・トマスの答えはノー。結局、ノリス夫人はマライアを引き取りマンスフィールドを去り、よその土地でひっそり暮らすことにします。ノリス夫人が我が家に悪をもたらしたことを認識したサー・トマスは彼女が去ったことを喜びます。

 そして、心の傷がいえたエドマンドはファニーこそ自分を一番理解している女性であることに気づきます。やがて二人は結婚し、マンスフィールド牧師館で幸せに暮らすというハッピーエンドです。

 貧しい家庭で育ったファニーですが、マンスフィールド・パークで過ごすうちに人への観察力や洞察力が育ったように思います。メアリー・クロフォードから親切に接しられても、うれしくないのはなぜだろうと自問自答したり、エドマンドがメアリーに夢中になっている間はひたすら従妹として良き友人として聞き役に徹したスタンスを守り続けていたファニーは芯の強い印象を受けました。

  文庫本700ページ以上の長編でしたが、くじけることもなく楽しめた作品でした。