鈴の本箱

本のこと(ネタバレあり)、日々の雑感(覚書)

医療格差の時代(続:運と縁)

 以前、「運と縁」の中で「私は医者と縁がない」というエピソードを書きましたが、その後日談ができてしまいました(笑)

 皮膚科でのこと。1月半ばに、3軒目のクリニックへいき、血液検査の結果「自己免疫疾患」と診断され、ステロイド治療を始めました...と、そこまでは良かったんです。

 ところが薬の副作用が想像以上にきつく、なじみのない病名に一層の不安が募り、ネット検索で同じ疾患を持つ方のブログや書き込みを見ていたら、難病申請に触れていたので詳細を聞こうと保健所へ向かいました。

 事情を説明すると、保健師さんが
「血液検査と病理検査をされたんですね。」
「病理検査?いえ、血液検査だけです」
「二つの検査結果で診断されるはずなんですけど...」と言葉を濁し、「難病申請できますが、病理検査の結果が必要で、認定医の診断が必要になりますね」

 そのクリニックが認定医であることは確認できましたが、それゆえ病理検査なしで診断を下したことに私の心はどんより曇り空。

 「病理診断書の記入をお願いすれば、かならず検査しますから大丈夫ですよ。もしできない場合は、どこかの病院を紹介していただけるはずですから」と申請用紙の一式をもらい、その後、クリニックの受付に「病理診断書」の記入をお願いして帰宅。

 数日後、クリニックから呼び出しがあって、診察室に呼ばれると先生はその用紙をぴらぴら弄びながら、
「これは、なに、保健所かなんかでもらったの?」
 「はい、保健師さんがくれました。先生が認定医であることも調べてくれたのでお願いしたんですが...」
「う~ん、申請しても認定されない場合が多いんだけどねぇ」
「すでにステロイド飲んで回復の兆しもあるしなぁ...」

などと難色を示しはじめました。あまり乗り気じゃない様子だったので、

「こちらで検査が無理なら、どこか紹介してもらえませんか?」
「いや、検査できることはできますよ、私も認定医だから。認定医といっても専門分野があってねぇ。申請するとは思わなかったなあ...」と独り言なんだかごちょごちょ言い出す始末。

 結局、検査を行ってもらい、結果は「軽症だけども疾患が見られる」と言われ、病理診断書も書いてもらったんですが、保健所に提出したら記入ミス多数(泣)。認可はほぼ絶望的。

 さらに、「軽症」と言いながら、私の体重から換算すると今のステロイドの量では不十分なので倍に増やすと言い出しました。すでに2カ月経過し、回復しつつあるなか、増やす理由が体重換算?急に太ったわけでもないのに?

 半信半疑で2倍に増えた処方を飲み始めた初日。発汗、耳鳴り、激しい胸やけ、歩くと足がつり、こむら返り頻発。数日後、太腿の筋肉痛がひどく、椅子から立ち上がるのもつかまらないと立てない。顔はパンパンのムーンフェイス。

 私の身体に一体なにが起きているんだ?!と不安と恐怖で憂鬱MAX。あいにくその日は祭日で翌日も休診日のダブルパンチ。

 そこで、最寄の調剤薬局の薬剤師に相談すると「太腿の筋肉痛はやばいかも。すぐに主治医に相談したほうがいいけど、しばらく量を控えたほうがいいですよ」とのアドバイス。自己判断で元の量に戻したものの症状が治まらず、3日間かけて減らして勝手に断薬(これは絶対やってはいけないことなんですが...)。副作用の症状はうそみたいに軽くなりました。

 休み明けにクリニックへ。二度目の血液検査結果が出ていて、抗体値は下がっていました。つまり増やさなくても効果があったわけですが、このまま続けるというので、不調を訴えました。

「副作用が辛くて、日常生活に支障をきたして困るんですが」と伝えると、
「あ、じゃ以前の量にしましょう」とあっさり。
「え?一度増えたら簡単に減らせないようなことをおっしゃってましたよね?大丈夫なんでしょうか」
「飲んで一週間ぐらい?それなら、まあ、なんとか、大丈夫でしょう。そんなにきつい症状、う~ん....副作用じゃなさそうだけど...

 (判断がつきかねているのか、それとも私の訴えに信憑性がないとでもいいたいのだろうか)と思った瞬間、もうここは終わったと...。

 「胸焼けや足の筋痛とか副作用、もしそうじゃないにしても急な体調の変化が心配なので、総合病院へ紹介状を書いてくださいませんか?」と転院希望を伝えると、意外にもあっさり受け入れました。

 ところが「紹介する大学病院は私の教え子が何人かいて」とか、「この分野の権威の〇〇大学のXX教授が私の知り合いでね...」とか、そんな話を聞かされてしまい、どこかの大学病院で活躍された後に開業し、過去の栄光にすがっている年老いた医師にしか見えなくなり、信頼度ゼロ。

 さっさとそのクリニックとおさらばし、4月の上旬に都内の大学病院へ。入口に入ると「本日の予約初診受付数29xx名」の張り紙。今回で3回目の来院ですが、十年以上の間隔で訪れるたびに患者数の増加が半端なくて驚いてしまいました。

 初診の受付を済ませ、待ってなんぼの大学病院。読みかけの『ジェイン・エア』を開いて気分はヘレン・バーンズを見習っての「忍耐」モード(笑)。待つこと1時間以上、皮膚科の予約時間の9時はとっくに過ぎて時刻は9時半。急いで皮膚科へ。

 混雑していて外来の先生も忙しそう。しかも私は予約時間より遅れているので、入るそうそう「どうされました?」のテキパキモード。問診をしながら、怒涛のタイピングスピードで電子カルテに入力。勝手に断薬したことについては厳しいご指導、ご叱責を賜り、視診と触診を終え、「専門外来で診ていただくことになります。来週きてください」と予約を入れて10分程度で終了。

 そして翌週、専門外来初日。二人の医師が診察。今までの経緯を見ながら首を傾げ、「んん?回復の兆しがあったのに何で倍に増やしたんだ?」ということで、ここは仕切り直しとなりました。薬の種類は増えましたが、量は減少。症状は落ち着き、あれだけ苦しんだ胸やけの副作用は今のところは出ていません。

 

 『医療格差の時代』米山公啓

医療格差の時代 (ちくま新書)

 以前、書店でちらっと立ち読みしたことがあるんですが、医療行政によって様々な問題が出てくる状況をとりあげた内容です。機会があったらじっくり読んでみたい一冊です。

  今回、地元のクリニックで気になったのが、薬が目的で来院する患者が多いこと。患者の意識にも問題があるように思いました。

 受付で「薬だけ処方してほしい」という患者をよく見かけました。保険適用で安く薬を手に入れたいのかもしれません。患部によっては見せたくない場所もありますから、薬さえくれればいいと思う人もいるようです。

 実際に私がそのクリニックの処置室にいたとき、診察室での会話が聞こえてきました。患者さんは中年女性。

 「先生、また湿疹ができちゃったんです。かゆみがひどかったんですけど、以前処方した薬がすごく効いたのでまたその薬をお願いしたいんです」

 「湿疹?どこにできたの?見せて」

 「やだ、先生、恥ずかしい!この間と同じところ、お尻の割れ目の上から腰にかけて。」

 「確か、⚪︎⚪︎大学病院で診てもらって、それで...」

 「ああ、ダメダメ。あの病院の薬全然ダメ。先生の薬が一番効いたんです」

 「塗って落ち着いたんでしょ?しばらく様子を...」

 「私、忙しいんです。明後日には旅行にいくから、旅先でまた(症状)が出たら困るから、もう少ししか残ってないから、先生お願いします。」

  どうも、患者に押し切られている様子で、その後どうなったかというと、調剤薬局でその女性らしき方はどっさり軟膏を処方してもらったようです。

 開業医としては、面倒な検査などさけて、簡単な診察(問診だけで視診すらしない)で処方を出せば、満足する患者もいるわけで、そうなると医療行為よりも自営業行為に軸足が傾いているんじゃないかと勘ぐってしまいました。

 

  現在通っている大学病院の一般外来初診担当の医師は、多くの初診患者を適切に捌いていました。同席していた研修医は問診に耳を傾け、患部を熱心にのぞいてメモをとったりしていましたが、看護師さんはいないので、雑務もこなしていました。学ぶ場でもある大学病院ですが、患者数の増加で研修医も忙しそうです。

 後日行った専門外来の日も、予約患者数だけで3000人以上の数字が書かれていました。高度医療が必要な人をはじめ、近所の病院では対応できない、または回復が芳しくない人たちが来院しているのでしょう。地域医療の差、医師たちや医療専門スタッフの能力や技量の格差、または検査設備の差があるのかもしれません。

 それゆえ、患者側は体力、精神的にナーバスな状態で来院し、こうした病院への期待が大きいわけで、その分不満もたまりやすいのかもしれません。

 今回、久しぶりに大学病院に通うことになって、私自身も開業医、総合病院、大学病院の差、地域医療の格差の広がりを実感しています。ある程度回復し、地域医療連携で地元の医療機関に戻ったとしても、その地域で持続性のある適切な医療が受けられるのかは疑問です。今後も自分にとってベストな医療機関を自分自身で模索していかざるえない状態は続くのではないかと思っています。

 

  さて、1月に受けた「五條天神社の病気平癒のお守り」。ずっとしわしわ、しょぼしょぼのまま(笑)。

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 願掛けしたものの、地元クリニックの縁が切れましたので、大学病院へ行く前に返納いたしました(笑)