鈴の文箱

日々の雑感(覚書)、本のこと(ネタバレあり)

加速する肥満

 毎月の通院の中で、一度だけ、試しに血液検査前にバナナ1本食べて、朝の処方薬を飲んでみたら、カリウム値が異常値を示す結果となり、皮膚科の担当医と腎臓の専門医まで現れて心電図をとることになってしまった。その他にも、内科の先生からステロイドは血糖値、血圧も食事をすると上昇しやすくなるので気をつけるように言われたが、さらなる副作用の食欲亢進でやたら食べたくなる。食べても満腹感が得られないという状況は自分でも恐ろしくなる。つい副作用のせいにしてしまうが、それに甘んじてしまうと薬が軽減されても糖尿病になってしまうケースもあるので、食欲を戒めてくれるような本が欲しいと、書籍検索することになった。

 検索すると「食事術」と書かれたタイトル本が一気にあふれだす。「最強の~、究極の~、超一流の~」など形容する言葉もさまざま。

 ダイエット本より、もっと根本的なものというか、少し変わった切り口で書かれた本はないだろうかと検索し、内容紹介を読んで即ポチしたのがこの本(以下、長文・ネタばれ)。

 

 『加速する肥満 なぜ太ってはダメなのか』 ディードリ・バレット著(小野木明恵訳)

 「太ってたっていいじゃない!」という開き直りを許さないタイトルが気に入っている。

加速する肥満 なぜ太ってはダメなのか

 原題は『Waistland: A Revolutionary Science Behind Our Weight and Fitness Crisis』

Waistland: A Revolutionary Science Behind Our Weight and Fitness Crisis

 原書は2007年に出版されているので、すでに十年以上経過しているが、内容が色褪せているとは思わなかったのは、現在もその問題が継続しているからだと思う。

 今では朝食としてシリアルが急速に広がり、ビタミン配合の乳飲料が出回っている。以前、シアトルのホテル近くのコンビニで買った鉄分やいくつかのビタミン配合の100%オレンジジュース(100%の意味不明)を飲んだ時の薬っぽいまずさに閉口したことあって、日本ではそういった類は飲んでいないが、各メーカーが競って出しているところを見ると需要を見込んでのことだろう。

 約二十年前のバンクーバーダウンタウンには「Nature Made」の専門店があり、ドラックストアには低糖質のジャムやシリアルバーが並んでいた。チャイナタウンの漢方薬局の店先には「糖尿病に効く漢方処方」のポスターがあり、移民してきた人たちの食生活の変化を表わしていた。ホームステイ先で野菜をめったに食べないホストファミリーの食事に疲れていたアジア系(台湾、韓国、ベトナム)のクラスメートたちと「野菜を食べずこういうので補っている彼らは大丈夫なのだろうか」と真剣に話し合ったことがある。

 本書の内容紹介は、

 本書は現代社会のかかえる肥満/食生活の問題を、進化論と行動医学の観点から読み解いたユニークな書。「なぜ人は太るのか?」「理想的な食生活とはどういうものか?」「ダイエットに役立つ心理療法とは?」といった問題を科学的な裏づけをもとに鮮やかに読み解く。

 退屈そうに思えたが、「はじめに」を読んで退屈は吹っ飛んだ。

 「はじめに――動物に餌をやってはいけません」

 動物園で、子供が食べかけのスナック菓子を動物にあげようとする。大人は「動物にとってそれは毒になるから、やってはいけないよ」とその子供に注意する。そして子供は飼育係が動物に栄養のあるものを選んで適量を与えていることを知る。

 食べ物だけでなく運動についても、私たち人間は動物に異なる論理をあてはめる。

 ペットも同様、毎日のエサは軽量カップやスプーン、個別パックで決まった量を与え、犬の散歩は毎日かかさないし、猫には猫じゃらしで遊んであげる、ハムスターには車輪を用意する。

 人間が動物に対してこれらのことを実行しているのに、なぜ自分自身に対して行わないのかと著者は問いかける。

 

 第一章では祖先を振り返る。紀元前8000年の人類が狩猟採集民として暮らしから、必要不可欠だが手に入れることの難しい栄養素(脂肪などの食肉は狩猟しない限り手に入らなかったし、糖質も母乳や果実からしから得られない)を強く欲するようになったという。

 私たちの祖先は、健康的な食事と移動の多い生活をしていたためにやせていたが、脂肪を蓄積してエネルギーを蓄えた者や、不必要な運動を避けようとする者は、この厳しい時期を生き延びるのに有利だった。身体に脂肪を蓄えたり、脂肪分の高い食品を欲したりする遺伝機構が養われてきたのはそのためだ。

  朝日新聞の「折々の言葉」(2015.04.27)の肝臓の専門医の言葉も同じことを指摘していた。

日本人は寡栄養に強く、過栄養に弱い。
  日本人の身体は摂取したわずかの脂肪を数日間うまく使って飢えを凌ぐには向いているが、栄養過多にあって脂肪を減らす機能は劣るらしい。

  山で遭難した人が数日間水だけで生き延びた例はいくつもある。

 

   第二章では、いきすぎた精製品に警鐘を鳴らしている。糖質や脂肪を増やすための選抜育種をするとビタミンや繊維などの栄養素が減り、澱粉を多く含む穀類、糖度を高めた果物、脂肪の多い食肉も「精製」されているという。

 澱粉は多くの食品に含まれている。最近ではコーンスターチが主流になっていて、大手のコーンスターチ会社は工場の本格稼働に乗り出している。コーンスターチは小麦粉と相性がいい、つまり、米より小麦(麺類、パン)の方が需要が多くなっているといえる。精製によって失われた栄養はサプリメントで補充できるようになった今、医薬品、食品、化粧品業界のメーカーがこぞってサプリメント事業に力を入れているのもうなずける。

 あっさりした口当たりのものが実はたっぷり脂肪が入っていたり、口の中で甘さを感じなくても、体内では糖質が吸収されているのも精製品や加工品のなせる技なのだろう。「甘さ控えめ」は怪しいかもしれない。「飲みやすさ」「食べやすさ」はまさに加工・精製技術の賜物。咀嚼力を鍛えるためにグミを食べるなら、あたりめをかじったほうがいい。

 糖分の高い食品は中毒性のある薬物と同じように脳内化学物質の変化を引き起こすことがあるという。大量の砂糖を摂取させたラットに、その後砂糖を与えないと不安な状態に陥ることをプリンストン大学の研究者ジョン・ホーベルが明らかにしている。

 ラットは歯をがだがたさせ、身体を震わせる症状を見せ、ドラッグの禁断症状に似ているという。ダイエット飲料も人工甘味料も原料となる物質によって効果は異なるが、何を飲めばいいのか悩むなら「水」を飲めばいいということになる。

 

 第三章の運動について、興味深かったのは郊外に住む住民は都市住民の半分しか歩いていないという。広大な郊外に住む人は、過密な都市(マンハッタン)に住む人のより体重が約2.7kg重いという結果が出た。

  住宅事情や物価の問題も絡んでいるが、都心の場合、駐車場を確保するのはコストもそうだが、スペースも限られているので、郊外とは異なる。一方、電車、地下鉄、路線バスは本数も多いし、地下鉄などはそのまま施設の入口につながっている便利さもある。歩いたほうが便利な環境が整っている。

 それが郊外となると圧倒的に車の利用が多くなる。それは車を使う環境が整っているからだろう。一方でバスや電車の本数は地方にいくほど少なくなる。私の自宅周辺の施設(スーパー、病院など)を利用する人たちはこぞって車を利用する。500m先の大手スーパー、2km先のショッピング・モール、1.5km先のドラッグ・ストアも広い駐車場や立体駐車場があるからだ。

 私自身、車を所有していたころは、近場でもつい運転して出かけた。それは便利というより、怠惰な性格によるものだ。車に乗り込めば、目的地まで人に会うこともなく、身なりにも気を使う必要はないし、雨風、寒さ暑さもしのげて目的地まで早く着く。重たい荷物も自宅玄関までは持たずにすむ。こんな楽なことはない。

 

 第四章はテレビの影響について、「定位反応」が挙げられている。健康的な食事の代わりに手軽なジャンクフードを食べる理由として挙げられる理由は「時間がない」。運動しない理由も「時間がない」という言い訳が多いという。個人的には「やりたくない、面倒、かったるい」が本音ではないかと思う。

 本書では先進国の大人のテレビの平均視聴時間は1日3時間というが、現在はテレビに代わるスマホやPCの動画再生時間は3時間以上かもしれない。

 人間には、主に動きや音などの突然の刺激や新しい刺激に注意を向けやすいという本能が備わっている。1927年、著名なロシア人生理学者のイヴァン・パブロフが、この反射的な反応を定位反応と命名した。

 テレビのついた部屋で人と話しているのに、つい画面をちらちら見てしまう。これは画面に映る場面の切りかえ、ズーム、カメラの回転、刺激的な音声が定位反応をひき起こしている状況といえる。

 受け身の状態でテレビを見つめている時間は、ジャンクフードをぱくつくにはぴったりであるため、番組のスポンサーは視聴者をひっきりなしに誘惑しようとしている。

 著者はCMのないDVDや映画も同じことがいえると指摘する。

 ほとんどの人は、エンターテイメント業界が「プロダクト・プレースメント」と呼ぶものになんとなく気づいているだろう。これはブランド名のついた食品やアルコール飲料、煙草などの商品を、企業がお金を払って映画やテレビ番組内で使用する手法だが、この手法がどこまで拡大しているかについてはよく知らないだろう。

  プロダクト・プレースメントが公認となったのがスピルバーク作品『E.T.』。映画の中でE.T.がリーセスピーセスをほおばる。これによってこのお菓子の売り上げは大成功を収める。ハーシーズが映画とのタイアップに100万ドル支払い、リーセスピーセスの売り上げは翌年80%も上昇、その影響力は大きい。

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 また「大食い大会」も効果的である。参加者は「アスリート」であり、アメリカではスポーツチャンネルで放送されているらしい。

こうした競争を「スポーツ」と呼ぶことに対し、医師たちは懸念を評している。

  日本ではいわゆる「やせの大食い」の優勝者が多い。メディアに出ている大食いの女の子たちはかわいいし痩せている。そんな女の子たちを見て、私も食べても大丈夫と思ったら大間違いである(笑)

 ドラマも同様で、

 『フレンズ』の多くのシーンは登場人物はウェトレスとして働くコーヒーショップに設定されて、友人たちがやってきては大きなマフィンをむしゃむしゃ食べる。
 『セックス・アンド・シティ』の登場人物たちはみなとてもスリムなのに、行きつけのレストランにしょっちゅう集まってはフライドポテトやデザートをぱくつきながら男やマノロ・ブラニクの靴について語るのだ

 冒頭から始まる食事シーンを発見(笑)

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 今も変わらずこうしたサブリミナル効果は大きい。実際、映画やドラマの設定そっくりに作ったカフェやメニューを取り入れて売り上げを伸ばしている店は日本にもある。また、グルメ番組ではタレントたちが、野菜、魚、肉、菓子、なんでもかんでも「あま~い」「うまっ!」「口の中でとけるぅ~」を連発している。

 以前書いた「忘却のサチコ」も華奢なサチコが、おいしそうにほおばる姿を見て食欲をそそられる視聴者も少なくないだろう。

 

 第五章は美の基準について。著者は過去に比べて変化したことを二つ挙げている。

  •  理想像が時代を超えてもあまり変わらないのに対して、その要件を達成することが難しくなってきていること:
     食品が精製されず食べる量も少なかった過去の時代には、たいていの人はほっそりしていたが、今は体重が重視される。体重は理想との差が大きい場合が多いため。
  •  他人と比べる傾向が変化していること:人間はどの時代も、隣人と比べることで自分を評価してきた。昔と違うのは、比較の対象となりうる人数が莫大に増え、桁外れに魅力的な女性がメディアやSNSに登場することになったため、村一番の美人は意味をなさなくなっている
 
 第六章では医学的に見た理想体重について。BMIの数値についてガリバーの体型でBMIを割り出しているのがおもしろかった。
 ガリバー本人、そして彼が出会う巨人のブロブディンナグ人と小人のリリパット人で試算する。
  •  ガリバー:身長183cm 体重83㎏   BMI:  82/1.83x1.83=24.4
 巨人のブロブディンナグ人は彼の十倍サイズなので
  • BMI:  82000/18.3x1.83=244
 小人のリリパット人は体重が0.082㎏しかないので、
  • BMI:  0.082/0.183x0.183=2.44
 極端な例では巨人が肥満で小人は痩せているということになる
 そこで、ガリバーを12%大きくする。身長218cmはNBAのバスケットボール選手くらいである
  • 139/2.18x2.18=29.2 ←この値は「肥満」と分類される
 ガリバーを0.7倍して128cmで計算すると体重が28㎏
  •  28/1.28x1.28=17 ←この値は「標準」以下となる
 BMIは分母の身長が二乗されるだけという根本的な欠陥があるという。
背の低い人は身体の形状は同じでも背が高い人よりもBMIが低くなる。計算上、BMIが同じなら、背がどんなに高くても、身体の形状は同じだとされているのだ。
 
 また太り過ぎについての偏った認識も問題となっている。
 2006年に行われたビュー・リサーチ・センターの世論調査で、アメリカ人の心理面が垣間見れる。
  1.  ほとんどのアメリカ人は...(N=90)
      とても太りすぎ:37 少し太りすぎ:53
  2.  知り合いのほとんどは...(N=70)
      とても太りすぎ:12 少し太りすぎ 58
  3.  あなたは自身は太りすぎか(N=39)
      とても:5 いくらか:13 少し:21
  この3つの質問事項に対して、自分に近しい人や自身に対しては回答数も少なく、なんとなく甘めな気がする(笑)
 回答者たちは実際より自分の体重を低く見積もり(この傾向は男性より女性に多い)、自分の身長は高く見積もっていた(女性より男性に多い)。実際はほとんど運動していないのに、「ほどほど運動している」と回答したり、脂肪や砂糖が多く含まれる高カロリーの食品を食べているのに「ほどほどに健康的」な食事をしていると回答する傾向があった。
 ちょっとした虚栄心や正直に書くことの後ろめたさや恥ずかしさが回答に反映されてしまう。
 
 第七章は健康であるために何をすればよいのかの取り組みが紹介される。世間多く出回る「食事術」もこの章で併用できる。
 食事法以外にも、心理的、宗教的な側面からアプローチするのも一つの手かもしれない。宗教的にはほとんどの教義において「暴食と怠惰」は罪とされている。その意識が常にある信者は肥満にならないだろう。心理学の分野で、減量を促進させるための二つの手法を挙げている:認知行動療法催眠療法。これらは最終的には健康的な習慣を定着させることを目標としている。「習慣化」することがポイントである。
 
 第八章は社会的な背景に焦点を当てる。
 身の回りの様々な事情を見るにつけ、世の中がよい方向に変わっていくとは考えにくい。アメリカ政府は健康的な食品ではなく不健康な食品の生産に助成金を与えているし、ジャンクフードに加工される農産物の量も年々増えている。
  マクドナルド、ハーシーズ、ケロッグは社会的貢献度も高い。マクドナルドハウスは病気の子供と家族の滞在施設で世界中にあり、日本でも12か所ある。不健康な食品を提供しているささやかな懺悔の気持ちからなのか、それとも「元気になったらマクドナルドに行きた~い」と新たな顧客への誘導なのか...。
 
 初版本から十年以上たっているが、今の日本の状況にちょうどいい内容だと思う。「はじめに」でジャンクフードや過剰量を動物に与えないことと同様に、自分自身もそうすべきだと肝に銘じた一冊となった。