鈴の文箱

日々の雑感(覚書)、本のこと(ネタバレあり)

涙はあなたの肩で

 久しぶりにハーレクイン、ベティ・ニールズの作品を読む。

 『涙はあなたの肩で』(有沢瞳子訳)

涙はあなたの肩で (ハーレクイン・イマージュ)

  原作は『The Dughter of the Manor』。直訳すれば「荘園の娘」という平凡なタイトルだが、邦題は原題スルーでロマンチックでキャッチーというお約束。

 ベティ・ニールズが描くヒロインは健気で気立てのよい娘、ヒーローはオランダ人の医師という設定が多く、この作品もその一つ。

 (以下ネタバレ、要約できずかなり長い(苦笑))

 ポントマグナ村の領主の末裔のクロスビー家の一人娘レオノーラがヒロイン。父サー・ウィリアムが株投資で失敗し、貧しい暮らしをしている。家事能力ゼロの母のレディ・クロスビー、いまだにプライドだけが高い父と、唯一残した使用人、ばあやの4人で大きな館に住んでいる。レオノーラはばあやと広い屋敷の掃除や食事の準備に追われている。

 二月の寒いある日、レオノーラが凍結した道を歩いて買い物に行く途中、前方のカーブから車が飛び出し、彼女は派手に転んでしまう。その車から降りてきた男がヒーローのジェームズ・ガルブレイスである。

まっすぐに通った鼻筋、引き締まった口元、真っ青な瞳・・・・・・。ハンサムだ。それに気づいて、彼女は急にどきまぎした。

 レオノーラは送ろうという彼の申し出を断り、彼女はその場をさっさと離れる。曲がり角で後ろを振り返ると彼は同じ場所に立ったまま彼女を見つめている。早くも2ページも読み終わらないうちに、二人ともお互いが気になる気配。

 ミセス・パイクの店で買い物をしているレオノーラの耳に、「村の医者ドクター・フレミングの体調が思わしくないので、後継者に若いドクターが来た。しかもハンサムで車もかっこいい」という噂話が聞こえる。

 この時点ではレオノーラは先ほど会った男がそのドクターとは思いもよらない。

 実はレオノーラは婚約中。相手はロンドン、金融街シティで働くトニー・ビーミッシュ。金儲けに夢中で、トニーがレオノーラの屋敷を訪れるときも仕事モードで彼女とロクに話もしない男である。

 彼女そんな男との婚約にときどき疑問を感じている。

 何がよくてこんなわたしと結婚する気になったのだろうと思う。家名?そうかもしれない。爵位こそないが、レオノーラの家は由緒正しい家柄だ。それに加えて、土地と屋敷がある。それを思うと、ふと恐怖にかられることがあるが、そんなときレオノーラは、ばかばかしいと即座に打ち消す。

 トニーの素性については記述がない。ただ、お金は持っている。

 トニーはロンドンにフラットを持っているようだが、彼が言うには、結婚したらそれを処分し、レオノーラの実家を修復するつもりだという。

妻の実家の修理にお金を惜しまないなんて、いかにもトニーらしいと思う。気前がよくて優しくて・・・・・・。

 お金を惜しまないのは、ハイ・リターンを期待しているからこそであり、それがトニーらしさであって、決して気前がいいわけではないのだが、レオノーラにはわからない。

 少ない予算で献立を立てたランチ・メニューはスープ、チーズスフレとチーズ、ビスケット。父から生活レベルを落としたくないといわれ、冷え冷えしたダイニングルームに運ぶころにはすっかり食事は冷めている。母レディ・クロスビーはレオノーラの家事能力があることに助けられているが、そんなことは気にも留めず、トニーとの結婚後の経済的援助を期待している能天気ぶり。

 その晩、ウィロビー夫妻のディナーに呼ばれたクロスビー夫妻とレオノーラは、再びジェームズと会う。そこでお互いを紹介され、噂の若い医師が彼だと認識する。

 背が高いレオノーラだがそれを上回る長身のジェームズは

眠そうな青い目、見事な金髪、美しい鼻、とちらかといえば薄い唇、やっぱりハンサムだわ。

 眠そうな目が魅力的なのか?ということで「眠そうな青い目、イケメン」で検索したら、ハンサム登場。(これが「眠そうな」目なのかは定かではないが...)

ちょっと若いかな

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初版らしき表紙の彼は若干、老け気味....

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 コミックもあるが、ヒーローの体が顔に比べて異常に大きい......(笑)

涙はあなたの肩で (ハーレクインコミックス)

 話をもどす。

 まだトニーを愛している(と思っている)レオノーラではあるが、忙しい彼女がロンドンでトニーとデートするシーンはないというか、レオノーラが家事や村の社交で忙しいのである。トニーが休日を利用してレオノーラの家を訪ねるのがデートになっていて、飼い犬とともに庭を散歩する、両親と食事する程度である。トニーから語られる言葉は屋敷の修復についてばかりである。次第にレオノーラはトニーの愛情に疑いを持つ。

 ストーリー全体において、ヒーローのジェームズは「偶発的に」レオノーラと過ごす多くの機会を得ている。

 例えば、往診に向かう途中にレオノーラを見つけ、地元に詳しい彼女に案内を頼んだり、急患の手伝いを頼んだり、また彼の診療所の受付秘書が骨折したため、彼女を破格の給料で臨時雇用したりする。

 破格の理由は、彼女が診療所で働くために、家事一切をばあや一人でやるのは負担が大きいため、使用人を雇えるぐらいの給料を提示すれば、レオノーラの両親も納得すると考えたからである。受付秘書未経験のレオノーラをそこまでして雇いたいというジェームズなのである。うらやましいジョブ・オファーである。

 移動中の車中、仕事を終えたあとに一緒にねぎらいの意味で軽めの食事をとるなど、故意ではないけれど、過ごす時間が徐々に増えていく。婚約中の彼女という設定上、周囲の誤解を招かぬよう、連れ出すときは必ず彼女の両親に電話したり、事前に許可を得るという用意周到紳士ぶり。

 ジェームズはレオノーラが気になっているが、彼女が婚約しているので、少し距離をおいていて、自分自身の気持ちがかたまっていない状況が続く。

 ある日、ミセス・パイクから、村のバーで、ホテルに宿泊している客の何人かがレオノーラの屋敷についてあれこれ聞き回っている。その男たちはトニーに雇われていて、屋敷を金持ちの名士たちを接待場所に使うつもりであることを知らされる。

 ショックを受け動揺を隠しつつ、自宅に向かう途中、診療所の前を通りかかったときにジェームズにこれまた「偶発的」に会う。軽く挨拶して通り過ぎるつもりが、ジェームズは様子のおかしい彼女を心配し、「僕のうちで、話を聞こう」と彼が住むバンティング邸に向かう。

 ちなみにバンティング邸は空き家だった物件をジェームズが購入してきれいに修復している。彼もお金持ち。邸宅にはとても有能な使用人クリケットがいる。料理も洗濯もプロ級。

 ジェームズはトッドという犬を飼っていて、レオノーラの犬ウィルキンソンと引き合わせてもすぐになついて仲が良い。その犬の世話もクリケットはなんなくこなす。

 居間に通され、「泣きたければ泣けばいい」とジェームズに言われ、彼の肩に顔をうずめてレオノーラはすすり泣くのであった。

 これがタイトルの『涙はあなたの肩で』なのである。レオノーラの涙で汚れたジェームズのジャケットも有能なクリケットがクリーニングしてくれるから心配なし。というか、こんな所帯じみたこと考えてはロマンスは語れない。

 泣き終えてクリケットの入れたコーヒーを飲みながら、理由を話す。ジェームズのアドバイスは、「ロンドンに行ってトニーに真意を確かめてみたら?」である。

 この時点ではジェームズは楽観的に見ている。

レオノーラの心配は杞憂に終わるだろう。結局、あの男は彼女を愛しているのだから。いくら野心家でも、愛する女性を傷つけたりしないものだ。

  アドバイスをすんなり受け入れたレオノーラは、両親にはロンドンにいる叔母マリオンに会いに行くということにして、トニーには予告なしで行くことを決める。

 「いい考えだ。ぼくも明日の午後、ロンドンに行く。一日か二日滞在するつもりだから、よかったら帰りもどう?それとも電車で帰るかい?」

 「ありがとう。助かります。わたしも一泊か二泊するつもりよ。本当にお礼の言葉もわ」

  「いい考えだ」ってロンドン行きはジェームズのアドバイスであり、何気に自画自賛(笑)突発的に決まったレオノーラのロンドン行きに、これまた「偶発的」にロンドンに用があって一緒に行くというが、診療所の仕事は大丈夫なのかと素朴な疑問がわく。

 ともあれ、ジェームズの車でロンドンへ向かう。彼はもし車で帰るつもりなら、連絡をとりたいからと叔母マリオンの家の電話番号をちゃっかり教えてもらう。

 トニーのフラットを訪れたレオノーラ。噂の真相を確かめる。予想的中、屋敷を手に入れることが結婚の理由の一つだと答えるトニーに婚約指輪をつき返す。トニーはあれこれ言い訳や説得をし、彼女はまだ自分を愛していると思っている。

 叔母マリオンの家に戻ると、そこにはジェームズもいて少し驚いたレオノーラ。彼はレオノーラに連絡をとろうと電話したらマリオンからここで待つように言われたという。会ってまもない叔母マリオンの信頼を即効で得るヒーロー、ジェームズを嫌うのはトニーぐらいだろう。

 トニーはその後も、何度かとりなそうとレオノーラに会いにいくが、彼女の気持ちはすっかり冷めている。屋敷に再び現れ、玄関口で詰め寄るトニーに困っているレオノーラに、ジェームズが登場。体調がすぐれない父親が気になって立ち寄ったという。

 二人の間に割って入りトニーににっこり笑いかけ、レオノーラに困らされているのかと聞く。トニーはよけいな口出しをするなと怒る。しかし、ジェームズはトニーが人を雇って屋敷を調べたことは村中のひんしゅくをかっているし、由緒あるクロスビー家は村の一部であり、プライベートな問題ではないと言い放つ。

 それでもめげないトニーだが、このときレオノーラは「愛していると思っていたけど、思い違いだった。二度と会わない」とはっきりと告げる。

 このときジェームスは何を思ったか?

 レオノーラはよくやった。いずれ彼女にふさわしい男が現れて彼女をさらっていくさ。

 こんなに彼女に入れ込んでおいて、自分が惚れていることに気づいてないのか、それとも婚約解消したばかりの女性につけいるようなことをしたくないのか...。

 その後もレオノーラは診療所で働く。二人はつかずはなれず、友達、仕事仲間というスタンスが続く。二人の気持ちは日々深まっていて、ジェームズの姉と子供たちが彼の家に遊びにきたときは、レオノーラを紹介している。もちろん、ジェームズの姉はレオノーラを気に入る。決して小姑根性を見せたりしない。

 ある日、家に戻ってまもなくばあやが体調を崩し、入院することになった。完全にジェームズに頼り切っているレオノーラ。一方ジェームズは、ばあやの入院で自宅でのレオノーラの負担が大きくなることを心配し、退院のときも車を出し、自宅静養のばあやに保健師をつけたりとさまざまな手配をする。このときもレオノーラの両親は全くといっていいほど役に立たず、他人事のように見える。

 ある晩のとある家のパーティでクロスビー夫妻しか出席していないことに気づいたジェームズは、ばあやのために自宅にいるレオノーラにと、クリケットに即効でおいしい食事を作らせバスケットに詰めさせて、彼女のところへいく。家事で忙しい彼女の美しさにほれぼれするジェームズはやっと愛に目覚める。そして帰り際に軽いキスをして帰る。レオノーラも胸が高鳴る。

 翌朝、ご機嫌のレオノーラは、ジェームスから新しい受付を雇ったからとあっさり解雇される(笑)。ゆっくり話をしようとジェームズが言った矢先に、事故の急患があって二人は現場へ向かう。汚れまみれになった二人は、ジェームズの自宅へ向かう。解雇されたレオノーラはジェームズの家に行くのはためらい、断ったが、ジェームズの運転する車は彼の家へ直行。

 スーパー使用人のクリケットが待ち受けていて、レオノーラをバスルームつきの美しい部屋に案内する。シャワーを浴び、バスローブを羽織る。(「ディザイア」シリーズなら、ここからめくるめく官能の世界になるのだが、そこは「イマージュ」、紳士、淑女である)

 階下に降りるとダークグレーの背広に品のいいネクタイを締めたジェームスが待っていた。クリケットのおいしい料理を食べ、いよいよ愛の告白へ。

 レオノーラは新しく雇った受付はきっと若くて美人で...とそんなことを考えているので、このシチュエーションを理解できず、いまだ「うちに帰る」と言っている。

 状況がわかっていない彼女をジェームズは彼女を抱き寄せる。

 「それなら教えてあげるよ。僕は生涯、同じことを言い続けるつもりだ。きみを愛している。初めて会ったあのとき、ほら、君が道端で転んだあのときからずっとだ。レオノーラ、あいしてるんだ。ぼくと結婚してくれ」 

 やっぱり最初から一目ぼれ。さて、レオノーラの方はというと、

 レオノーラは瞳を輝かせて彼を見上げた。

 「ああ、ジェームズ、わたしも結婚したいわ。あなたが私を愛しているなんて、思ってもみなかった。好きかどうかもわからなかったの。だからわたし、あなたを愛するのをやめようとしたのよ。でも.....」

  愛してると思ってたとか、好きかどうかわからないとか、彼女の気持ちはいつもあやふや。愛するのをやめるってその程度なのか?ジェームズに対しても気持ちが固まってないように思えるが、それで結婚したいとか、これではトニーのときと同じではないか。

 「それなら、ぼくと結婚してくれるね?今すぐに」

 「できるだけ早くとしか言えないわ」レオノーラは言葉を切って考えた。

 「だって、両親とばあやの世話は誰がするの?それに母が盛大な結婚式をさせたいと思っても、父にはお金がないから....」

 「ダーリン、僕にすべて任せてくれないか?」

 ジェームズの愛にあふれた目を見たとき、そして静かに自信に満ちた声を聞いた瞬間、レオノーラは言った。

 「ええ、もちろんよ、ジェームズ

  好きかどうかわからない、でも早く結婚したい、でもお金がないのって、急にレオノーラがビッチに見えた(笑)

 結局、母レディ・クロスビー似の娘が屋敷目当ての金融男をふって、気前がよく優しいオランダ医師に乗り換えたという.....(笑)今回は残念な作品だった。