鈴の文箱

日々の雑感(覚書)、本のこと(ネタバレあり)

STILL LIFE

 明日は敬老の日、その四日後にはお彼岸に入る、そんな「老いと死」を連想させるウィーク。GYAOでひまつぶしに何か映画でもと選んだ作品が、予想外にとてもよかった。2013年の作品なので見た人も多いかもしれない。

 『STILL LIFE』(邦題:おみおくりの作法)

おみおくりの作法 [DVD]

 


身寄りのいない人の葬儀を取り仕切る公務員のドラマ!映画『おみおくりの作法』予告編

 (以下ネタバレ)

 映画の概要は、

ロンドン市ケニントン地区の民生係、ジョン・メイ。ひとりきりで亡くなった人を弔うのが彼の仕事。事務的に処理することもできるこの仕事を、ジョン・メイは誠意をもってこなしている。しかし、人員整理で解雇の憂き目にあい、ジョン・メイの向かいの家に住んでいたビリー・ストークが最後の案件となる。この仕事をしているにもかかわらず、目の前に住みながら言葉も交わしたことのないビリー。ジョン・メイはビリーの人生を紐解くために、これまで以上に熱意をもって仕事に取り組む。そして、故人を知る人々を訪ね、イギリス中を旅し、出会うはずのなかった人々と関わっていくことで、ジョン・メイ自身も新たな人生を歩み始める……。

  というもの。

 主人公のジョン・メイ、44歳、独身で家族もいない。勤勉な彼は規則正しい生活を送っている。家でもランチでも魚の缶詰、パン、紅茶、リンゴ。質素な食事。扱った案件の故人の写真をアルバムに丁寧に貼付するのが習慣になっている。彼は自分の仕事が好きなのだ。であるから誠意をもってこなしているのである。

 遺品整理をし、家族や親せきを調べて連絡を取る。しかし、ほとんどが亡くなった人と関わることを拒む。故人の人間関係の複雑な状況が、ジョンが受け応える電話口からうかがえて、そこに孤独感が漂う。そして遺品や関わった人たちの聞き取りから故人の人生を辿って、弔事を書き、葬儀をとりしきるといっても出席するのも彼一人。音楽まで選ぶ懇切丁寧ぶりは公務員の鏡だろう。

 彼の仕事ぶりは丁寧な分、効率が悪くそれが上司からすると目に余り代りの女性職員がジョンの後釜に決まっていた。彼女は故人の遺灰をゴミを捨てるように次々と骨壺を空けていく。その様子はジョンの姿勢とは対照的で印象深かった。その女性職員は上司の言われる通り仕事をこなしているだけで、彼女が冷酷だとは思わないが、これが現実なんだとつきつけられた感じはある。

 解雇となったジョンの最後の案件が、ジョンの向かいに住んでいたいビリー。真向いでありながら、まったく存在に気づかなかったジョンは愕然とする。ビリーは飲んだくれで刑務所にもお世話になったろくでなしであるが、遺品の中にあった写真アルバムから彼の娘を探しにいく。様々な人たちから聞き取りをしていくうちに、会ったこともないビリーにジョンの気持ちが寄り添っていく感じがいい。ジョンは自分用に買った眺めのよい墓地をビリーに譲る決意をする。

 やっと娘を見つけ、ビリーの葬儀の参列を促すが断られる。が、娘は気持ちが変わり、ジョンに会って感謝する。「もしよかったら今度お茶でも」と誘われ、ジョンは快諾する。ビリーの葬儀が執り行われる数日前、ジョンはビリーの娘とお茶するために、マグカップやCDラジカセを買い込む。故人の娘と役人との関係から、友人としてお茶ができるジョンのささやかな喜びが感じられた。そして通りの向こうにあるバスに乗ろうと通りを渡ろうとしたとたん、反対側から来たバスにはねられて即死してしまう。

 ビリーの葬儀には出席をしぶっていた友人や家族が参列し、娘もその場にいた。同じ日、同じ教会で一人神父に見守られ、棺に収まるジョンは、誰にも見送られずお粗末な場所に埋葬される。ビリーの娘が幾度となく、ジョンの棺が乗った車を振り返るが、ジョンの死を知らされていないようで、それが切ない。

 どんな故人であろうとその人の尊厳を守り、仕事をしていたジョンがこれではあまりに報われないではないかと思った。しかし、ラストシーンはファンタジーではあるが、ジョンが見送った故人の亡霊たちがジョンのお墓に集まるところで終わる。

 死者に思いなど存在しない

 と上司が告げたシーンがある。「無」と言えばそうだろう。そのように考えれば、ラストの亡霊の存在は、孤独なジョンの死を少しでもみじめに見せないための演出にみえるかもしれない。しかし、亡霊は目に見えないものであり、ジョンが故人に対する誠意もまた目に見えないもの。ジョンは目に見えないものに尊厳を感じていたのだと思う。

 「STILL LIFE」の意味は、静物静物画。まさに静物画のように、登場人物は多くを語らず、映像もひっそりした印象だが、退屈に感じなかったのは主人公を演じたエディ・マーサンの演技力だと思う。勤勉なジョンは生真面目なだけではなく、退職日には嫌な上司のアウディの車に小便をかけるとか、ドアを開け放したまま走り出した納品の車から落ちたハーゲンダッツのアイスクリームを自宅に持ち帰ってこっそり食べるシーンもあって、クスっと笑わせてくれて、そんな一面がジョンに対して親しみを持たせてくれる。

 「孤独と死」のつきあい方というか、そんなことを教えてもらったような映画だった。