話題の新書『スマホ脳』(著:アンデッシュ・ハンセン)
原題は「Skärmhjärnan」。グーグルで英訳したら「Screen Brain」と出た。おそらく、スマホに限らずPCやテレビなどのスクリーンの影響を指すのだと思う。
スウェーデンの精神科医が臨床現場や統計調査などから、脳への影響がどのようなものかを分析した内容でとても読みやすい。
狩猟採集民の時代から人の脳はさほど進化していないのに、周囲の環境変化が著しく変わっている。それに脳がついていっていないからストレスになっている。デジタル化が進んでも、脳はアナログであるということだろう。
「感情」があるのは生存のための戦略で、それは周囲の環境の感想ではなく、周りで何が起きているに応じて、体の中で起きる現象を脳が反応としてまとめたもので、それが行動を起こすという。
「ストレス」のシステムが作られた課程は、祖先たち暮らしていた今より危険の多い世界で生き延びるために発達したもの。当時の危険は頻度が高いだけでなく、瞬時の反応を迫られるものがほとんどで、獣を攻撃すべきか、逃げるべきか、である。
現代はそのような経験はほとんどないが、心理社会的なストレスを受けると脳内で同じシステムが作動するという。
そのストレスは獣に出くわしたときほどの集中力は求められないかわりに、長時間継続することが多い。
例えば、仕事の締め切りや高額なローン返済、SNSの「いいね」があまりつかないなど。長期にわたるストレスホルモンの増加で、脳はちゃんと機能しなくなる。
常に「闘争か、逃走か」という局面に立たされていると、それ以外のことを放棄してしまう。睡眠、消化、繁殖行為などを後回しするといった具合だ。ストレスがたまると睡眠不足、消化不良でおなかが痛くなる、パートナーとのコミュニケーションも薄れがちということだ。
人間は強いストレスにさらされると、脳の中で最も発達したはずの人類特有の部分を使わずに、進化の初期の原始的な部分へと退行する。迅速に全力で対応はするが、脳の「思考」機能に助けてもらおうとはしない。そこで問題が発生する。
「闘争か、逃走か」の選択しかなくなり、瞬時の問題解決することが最優先となる。その結果、些細なことでも強い苛立ちを感じるようになる。警戒を解くことは強いストレスにさらされているときは、優先順位の最下位なので、キレやすくなる。
優先順位を下げる機能として「長期記憶の保存」を挙げている。海馬はできたばかりの記憶回路を通して信号を送るが、ひどいストレスを受けているときはそんな余裕がない。その結果、ストレスにさらされているときは記憶があやふやになることが多い。
それではスマホの影響はどのようなものか。メールやSNS、ゲームなど、スマホは室内のみならず、外出時でもいつでもチェックできる。チェックするのは気になるからだ。音を消しても、スマホをオフにしても、気になって仕方がない。これは脳がスマホにハッキングされている状態らしい。
たとえ電源をオフにしても、他人のスマホでも、そばにあるだけで人は集中力が欠けるらしい。それは獣に出くわしたときと脳は同じ状態だから、集中すべきことが後回しになるわけで、結果集中力が欠けるわけである。
できるだけ長い時間その人の注目を引いておくにはどうすればいい?人間の心理の弱いところを突けばいいんだ。ちょっとばかりドーパミンを注射してあげるんだよ
ショーン・パーカー(フェイスブック社 元CEO)
これはSNSだけではなく、ネットゲームなどもそうだろう。
興味本位で『三国英雄たちの夜明け』というゲームをやってみた。私はPCでやってみたが、参加者が多く、オンラインの時間がやたら長い人たちをみると、スマホで移動時間でもできるからだろう。無課金でプレイしているが、スタートして間もなく課金による強い戦士が現れ、ランキングの上位を占め、無課金の私などランキング外だ。そのランキングもいくつかに分かれていて、競争心を刺激する。
やがて参加者が少なるといくつかのサーバーを統合し、バージョンを上げた形で課金を促す。各サーバーの上位プレーヤーはさらに課金競争にハマるのである。このゲームにはチャット機能があって、「今、家族と買い物中」とか「職場のトイレに入ってやっている」、「ちょっと子供を寝かしつけてきますね」などの書き込みがあると、著者のいう「優先順位」がおかしくなっていると思わざる得ない。ときにはプレーヤーを誹謗中傷する輩も現れる。まさに「闘争か、逃走か」の状態である。
ゲーム会社はその心理を巧みに利用して様々な課金へと誘う。プレーヤーはランキング上位に君臨した達成感や周囲からの賞賛が、ドーパミンとなっているのだろう。しかし、そういった賞賛や名誉はスイッチをオフにしたら存在感がなくなってしまう。それにランキングは絶えず入れ替わる。気になってしかたがない。だからやめられない。
ジョブスが自分の子供にデジタル機器の使用時間を決めているのは、開発者である当人がこうした機器のデメリットを知っているからだ。
解決策は体を動かす、スクリーンタイムの時間を決めるといった従来から言われている方法しかないようだ。
脳は身体を動かすためにできている。そこを理解しなければ、多くの失敗を重ねることになるだろう。
マイケル・ガザニガ(カリフォルニア大学神経科学教授)
デジタルのバージョンアップばかりが進行し、人間の脳のバージョンは古いまま。最近ではIQも下がり気味の結果もでてきて、そのうち人の心が壊れていくと警鐘をならしている。PCの前で過ごす時間が多い私にとっても、この警鐘は脳内に鳴り響いたよい一冊だった。