母の転院後、一息つく間もなく、町内会の夏祭りがあった。今年度の自治会役員を押し付けられているため、配布物の準備やら、月1の役員会やら、大したことではないのだが、どこか煩わしい。
2日間の祭り準備で、女性たちのメイン作業は模擬店に出す食材の準備。自治会の役員は持ち回りで1年ごとに変わる。今年は今年のメンバーで行うが、他にもなんちゃら協議会とか、なんちゃら福祉会などからもお手伝いにくる。月1の自治会役員会で顔を合わす以外の人は、名前すら知らない状態である。
初日の朝、自治会女性メンバーたちは食材カットのために集まった。衛生面を考慮し、マスク、手指消毒、手袋、そしてアルコールシートでテーブルを拭いたりと和やかに準備が進んでいた。そして食材カットにとりかかって間もなく、
「だめよ、そんなやり方じゃ」といきなり二人の女性が乗り込んできた。そのうちの一人Sさんはリーダー格で、いきり立っている。連れの人はさながらお太鼓持ちである。しかし、ほとんどがこの二人が何者か知らない。
(どなた?)という顔で困惑した表情で二人を眺める人がほとんどである。
「それぞれ、切る担当を決めなくちゃだめ!ここは四等分に切る人、ここは、芯を取る人ってね」
「ああ、そんな切り方はだめよ!こう切るのよ!」
と、まな板無視で、いきなりテーブルで切り出した。
あわてて、「手袋して行ってください!」と手袋を用意してくれたAさんが制した。
「こんな手袋をしてたら、やりにくいじゃないの」
「やらなくてはいけないことになっているんです!保健所から言われてます」
しぶしぶ手袋をし、その後もまな板を無視。
思わず、みんなで顔を合わせて(テーブル、アルコールで拭いといてよかったね)とささやきあった。
その後、おずおずとSさん指導の下、各自が切り始めるもダメだしが半端ない。
「ちがうちがう、そうじゃなくて、こうよ。こうやって切り込みをいれて切れば切りやすいでしょ?」
「あなた、それじゃ細かすぎるわよ」
(うっるさ~!あなたは私たちの姑ですかぁ?)と心で叫びながら、私を含めた何人かは指導無視でバサバサ切りまくった。他の人たちは気をつかいながら黙々とカットしていた。
そのうち少しずつ包丁を置く人がでてきて、若い人たちはこぼれた野菜くずの掃除に徹した。
Sさん、今度はカットした野菜をいちいちチェック。
「ほら、まだ芯が残ってるわ。こういう固いところがあると炒めにくいのよ」
「みて、こんなに大きな葉が混ざってるわ」
年配の方たちは静かに包丁を置き、一切切るのをやめた。明らかに気を悪くしているのがわかった。
残りは私を含めた3人だけが包丁を握っている。
私は「芯が残ってます?じゃ、徹底的に芯をとりますね」と4等分にしたキャベツの芯を徹底的に切った。当然ながら葉の部分だけになるのでバラバラになる。そこをうまく重ねておいた。
「そうよ、ちゃんと芯を切らなくちゃだめよ」とAさん、その葉の部分をとったとたん、バラバラとくずれた。
(ざまぁ)
消毒済のまな板は100均で売っているようなペラペラの薄いもので、それがどうも気に入らないらしい。
「こんなまな板じゃねぇ」と二人は言い出して、給湯室の棚から木製のまな板を持ってきた。
「使う前に洗ってください!」とAさんが再び制すると、
「きれいに洗ってしまってあるんだから、いちいち洗わなくても大丈夫よ」と無視して切り始めた。
一同、ドン引き。
敵も黙っていない。
「早く切ればいいってもんじゃないのよ。ていねいに切るのが大事なのよ」
私は芯切りが終わった時点で包丁を置いて、片付けに入った。他も次々と片付けに入り、乗り込んだ二人だけで切っている。
ゴミ袋に入った山ほどのキャベツの芯をながめ「フードロス」とつぶやいた。すると、近くにいた人が「ほんとだよね。キャベツの芯は甘くておいしいのにね。模擬店の焼きそばにちょこっと芯が入ったくらいで文句言う人いないよね」とささやいた。
切り終えた野菜をその二人は、調理担当の男性グループのもとへ持っていった。
準備もしなければ片付けもしない。奇襲攻撃を終えた彼女たちは目的を果たしたのだ。
その後、Sさんの太鼓持ち女性が、みんながいるところにもどってきて、私に向かって「大きいわね、身長何センチ、バスケットやってたの?バレーボール?」と言い出した。
「バスケもバレーもやってません!うんざりですよ、こういう質問」と返した。すると「あら、ごめんなさい、だってねぇ、みなさん、背が高くてうらやましいわよねぇ~」と周囲に同意を求めるも、シーン....。
そして、みんな黙って解散となった。
私は1日目の夜と2日目の朝の準備は、従兄の葬儀で欠席した。2日目の準備の様子はわからなかった。参加した人によればやはり、姑パワー炸裂だったらしい。
2日目の夕方、模擬店販売のために向かうと、今度はなんちゃら協議会の男性たちが開口一番「でかいねぇ、身長○○センチもあるんだって?」と言われ、はらわたが煮えくり返った。(だから、なんだよ)である。そしてお決まりの「何かスポーツやってるの?」の質問に呆れてしまう。それならば、背の低い人はスポーツはやらないのかよと突っ込みたくなる。さらに「お父さんは大きいの?お母さんも大きいの?」などと聞いて、そんなこと聞いてどうするの?である。私にしてみれば究極の愚問である。
高身長や恰幅の良い人は、何を言っても怒らないとでも思っているのだろうか。
80年代の職場でうんざりするほど繰り返されたこのような会話に、怒りのマグマが動き出す。当時言われた上司たちの世代が、今まさにこのジジイたちの世代なのだ。しかし、楽しい祭りの場を壊すつもりはないので、怒りを抑えつつ軽く交わしまくった。
夕方の手伝いにきた女性はたった3人。そんな3人が望むファイナルステージは、ラスボスのSさんである。彼女はすでにマウントをとりはじめている。
焼きそば販売のとき、あまり人が集まらないので、私が呼び込みを始めたら活気づいたころに、Sさんが乗り込んできた。いわゆる「おいしいとこどり」なのだ。来る客をSさんが仕切り始めたので、私とBさんとで「こちらでも承りま~す!」と流れを変えた。焦ったSさんは、若いCさんを捕まえてあれこれ言い出してこき使う。終わったころにはCさんは怒り心頭。スタッフ用に冷やしてあったクーラーボックスにビールがあったので、「これでも飲んでストレス解消!」と差し出すと、「ほんと、むかつくぅ~!!!」と2本飲みほした。
そんな一休みしていたところに、なんちゃら協議会の男性から「ほら、Sさんがさっきからずっとやってるんだから、あんたたち代わってあげなさいよ」と言われた。
さんざん、デカイだのなんだの言われた後だったので、私はまだ心の底ではむかついていた。向かう途中で「姑みたいにうるさいんですよねぇ~」と思わず口からこぼれた。その男性は一瞬、顔を凍らせたが、私にしてみれば「知るかい!」である。
かき氷を仕切っていたSさんだが、私はずっと後ろで様子を見ていただけで、手伝う気などなかった。周辺のごみをひろって一旦戻ったら、さっきの男性が「余計なこと言ったみたいで悪かったね」と言った。これは意外な反応だった。おそらく男性たちはSさんの姑パワーを知らないのだ。
「いやいや、知らないから仕方ないですよ。ほんっとに細かいこと言うんですよ。だから、今も女性たちが3人しか来ていないのは、その影響があるからで、結局、誰もこなくなっちゃうんですよね」と答えた。
その男性はなるほどねと深くうなずいた。実は、わたあめやかき氷など担当が決まっていた。しかし、見事に誰も来なかったのだ。おそらくSさんは「今年の自治会役員はだめなのよ~、使えないのよ~」と男性たちに吹聴していたのだろう。
今回の体験は、私にとっては多くの学びがあった。
このイベントの間、多くの子供たちと触れ合ったなかで、だれも「おばちゃん、デカイ」という子供には出会わなかった。子供ですら言わないことを平気で言ってのけるデリカシーのない男性たちや、明治生まれの祖母ですらここまでうるさくなかったと思うほどの、Sさんの姑ぶり、いや「いじわるばあさん」ぶり。
年寄りだから仕方ないと片づけたくはなかった。超高齢の方たちだって、若い世代の人たちと上手に付き合っている人たちは多くいるからだ。私の経験からこれは明らかに「人」によると思う。町内会の組織は学校や職場と違って、同世代や選抜された人たちというのがない。その町内の住民という括りだけなのだ。だから年代も学歴も職業も様々であるからこそ、寛容性と柔軟性が求められるのかもしれない。
今回の経験は、今後の老齢人生において反面教師として役立ったといえよう。