最近の出版広告には決まって「泣ける」「感動」と書かれているのが多い。私自身、小説を読んで涙ぐんだのは、2、3作品ぐらいだ。世の中はそんなに涙もろくなったのだろうか。
「泣ける!」「感動!」が渦巻く広告に辟易しながらも、久しぶりに小説を買った。きっかけは新聞広告で、QRコードからプロローグが立ち読みしたことからだった。
『月がきれいな夜に、誰かに思い出してほしかった』川代紗生著
プロローグでは、主人公桃子が母の21回目の命日に見つけた母が書き記したノートを見つけたところから始まる。
桃子が10歳の時に亡くなった母は、ノートの中で母親として何もできないこと、そして娘や息子の成長を見届けられないことを謝っていた。
そして二人の子供の幸せを切に願っているのだ。
お願い、幸せになって。
大好きな人を見つけて、その人と、家族をつくって。お母さんは、幸せだった。みんながいて幸せだった。
このプロローグを読んで、母親との時間が短かったとはいえ、最後まで幸せを願ってくれるなんて、桃子は幸せな娘だと思った。
そして本書を購入し、読み進めていくと予想外だった。
父親はその母親のノートを見るたびに、30代になった桃子がまだ独身であることを亡くなった妻に対して申し訳なく思っているのだ。
桃子の彼は婚約寸前でやはり元カノがいいといって去ってしまった。結婚を前提に付き合っている彼がいると思っている父親にはそのことが言えない。結婚ができないことが「人として足りない」ということに捕らわれている桃子なのだ。
そして彼女が勤めている喫茶店「雨宿り」に駆け込み、店長の雨宮と常連客の黒田に慰めてもらうのだった。この喫茶店では、毎週金曜日に開かれる「元カレご飯埋葬委員会」を開き、かつて好きだった人との記憶が残るメニューをここで作ってみんなで食べて、気持ちの整理をつけるということをおこなっている。
第1話が桃子が主人公となる。第2話から第7話まで店長の雨宮をはじめ様々な人たちの恋愛事情の埋葬委員会が行われる。そして、巻末には、そのエピソードのメニューのレシピが掲載されていて、どれも美味しそう(笑)。
最後には、親の希望通りの幸せの形ではなくても、桃子は今の生活が幸せであることを父親に理解してもらって終わる。
とても読みやすい文章だし、心の描写がとても上手で、登場人物たちの気持ちに共感する部分も多い。モラハラ彼氏との付き合いに葛藤する女性、推しかつ俳優の恋愛スキャンダルにモヤモヤする女性、復縁を願ったはずが外れてしまった店長などなど、なかなか言葉にしにくい気持ちをうまく表現している。
私自身、親から「幸せになってね」と言われたことがないので、桃子が「幸せになって」と願った母親の言葉が圧になっているのが意外だった。
私に対して「幸せになってね」と言ってくれたのは、唯一、父方の伯母一人だけだった。晩年、夫を亡くした後、老人ホームに入居し、その時に母と一緒に訪問に行った時だった。ちょうど私が30代の終わり頃だったと思う。
二人で訪問したこと、私の父である実弟を亡くして苦労した母に労いの言葉をかけた伯母に、母は軽い気持ちで「この子がいて助かるんですよ」と言った。
「そう」と笑顔で返した後、私の方に顔を向けて、しっかり手を握ってこう言った。
「〇〇ちゃん、幸せになってね。いい?幸せになるのよ、ね?」
真剣な伯母の表情にちょっと躊躇った私はチラッと母の顔見たら、一瞬苦々しい表情を見せた。
このときは、なぜ母がそんな表情をしたかわからなかったが、後にただ便利さから「この子がいて助かるんですよ」という言葉が出たことがわかったのだった。伯母はそれを見透かしたのだろう。
この作品では、桃子の母親が幸せを願ってくれたのは喜ばしいことだが、親の示す幸せな形にハマらない場合は、それが逆に辛さになること示している。
伯母は99歳で亡くなったが、「幸せになって」と言ってくれた伯母の言葉は今も私の支えになっている。
