鈴の本箱

本のこと、あれこれ(覚書)

ノーサンガー・アビー

 ジェーン・オースティン没後200年を機に、イギリスの10ポンド札がチャールズ・ダーウインからジェーン・オースティンに替わるニュースを聞いて、そういえば彼女の作品をちゃんと読んだことがないことに気づきました。『高慢と偏見』を映像で見たとき(真剣には観てないのですが)古典版ハーレクインのように思えました。

 私は映像作品を先に見てしまうと原作を読みそびれる傾向があって『高慢と偏見』も然り。それなら他の作品を試そうと『ノーサンガー・アビー』を選択。

ノーサンガー・アビー (ちくま文庫)

 選んだ理由は『ダウントン・アビー』を観ていたので、上流階級の舞台は「アビーなのか?」と思ったことと、この作品が1803年に出版予定だったがすぐにはされず、13年後に出版にいたったというエピソードがあったからどんな作品なんだろうという興味だけで、文学的理由は何一つございません。岩波文庫ちくま文庫、迷いましたがこちらの方が読みやすそうだったので。

 (以下ネタバレ)

 主人公のキャサリン・モーランドは田舎育ちの牧師の娘。小説好きで、特にゴシック小説の世界に浸っています。近所に住むアレン夫妻に伴ってバースへ出かけることから話がはじまります。

 17歳のキャサリンにとってバースでの舞踏会は初。彼女は会場で知り合ったヘンリー・ティルニーに一目惚れします。また、アレン夫人の友人ソープ夫人の娘イザベラとジョンとも知り合います。ジョン・ソープはキャサリンの兄ジェイムズと大学の友人関係で、ジェイムスはイザベラと付き合っています。

 ジョン・ソープはキャサリンに興味を持ちますが、ヘンリーに夢中の彼女はジョンなど興味なし。ジョンの言葉は思慮も教養も浅く、遠回しに愛の告白をキャサリンにしますが、当の本人はそれとは気づかず、それでも自分に気があると思う勘違いな男。

 イザベラも兄同様、虚栄心が強く、計算高く、自己中心的。純朴なキャサリンや兄のジェイムズが違和感を感じながらも良い意味に理解しようとするお人好しぶりにイラついてしまうほどです。

 そんなキャサリンはヘンリー・ティルニーの妹エリナーと親しくなり、彼女からティルニー家の招待を受けます。母親は亡くなっていて、父親のティルニー将軍は家族には威圧的な一面を持っていて、長男フレデリック大尉はイケメンのプレイボーイ。ティルニー家は「ノーサンガー・アビー」と呼ばれるお屋敷に住んでいます。

 ゴシック小説『ユードルフォの謎』に夢中になっているキャサリンにとってはこの上ない喜びで、小説の影響を受けた彼女はティルニー家はさぞかし謎に満ちていているのだろうと思うのですが、ヘンリーに真っ向から否定されてがっかりします。ティルニー将軍はキャサリンをとても好意的にもてなしてくれるので、もしかしたらヘンリーと一緒になれるかもと期待します。

 ところがある日、突然キャサリンはノーサンガー・アビーを出るように言われ、ヘンリーは父親から彼女と別れるように言われます。しかし、それを拒否した彼は彼女の家へ向かい、プロポーズしてハッピー・エンドです。やっぱりどことなくハーレクインっぽいです。

  題名にもなっているノーサンガー・アビーでのシーンが見どころなのかもしれませんが、個人的にはジョン&イザベラ兄妹に振り回されるジェイムズ&キャサリン兄妹が気になりました。

 とくに第16章のイザベラのB**chぶりは見事です。

 ジェイムズと婚約したイザベラは他の男性からのダンスの申し込みは受けないと断言したにもかかわらず、ヘンリーの兄ティルニー大尉とちゃっかりダンスして、キャサリンに言い訳を並べ立てます。

「あなたが驚くのも無理ないわ。(略)私に好きな人がいなければ、彼の話もけっこう楽しいでしょうね。でも私はひとりで静かに座っていたかったわ」

「それじゃなぜそうしなかったの?」

「あらそんなことをしたら変人みたいじゃない!そんな変わり者に見られるのはいやだわ。私は何度もお断りしたのに、どうしても聞いてくれないの。(略)でも私が踊らないと、この場は収まらないってわかったの。それにもし私が踊らなければ、彼を紹介してくれたヒューズ夫人が気を悪くすると思ったの。それにあなたのお兄様だって、私が舞踏会で一晩中座っていたと聞いたら、きっと悲しむと思うわ(略)でも彼(ティルニー大尉)はとてもお洒落な人だから、みんなが私たちのほうを見ていたわ」

「そうね、ティルニー大尉はとても美男子ね」

「美男子?ええ、そうかもしれないわね。みんなああいうタイプが好きでしょうね。でも私の好みではないわ。血色のいい顔色をした、黒い瞳の男性って嫌いなの。でも彼はなかなかすてきね。すっごくうぬぼれ屋だと思うわ。いつもの私流に何度もやっつけてやったわ」

  つい最近お辞めになった大臣の答え方に対して、「もっと論理的に答えてくださいよ」ってつっこんでいた記者がいましたが、イザベラの発言も論理的とは思えません。イザベラが踊らないからといって兄のジェームズが悲しむどころか、貞淑な女性としてむしろ崇めそうなものですけどね。

 それに「血色のいい顔色した」男性が嫌いなら、好きなタイプは血色の悪い顔色の男性、つまり婚約者のジェイムズは血色が悪いってことじゃないですか、妹を前に失礼な!(笑)。キャサリンの対応も手ぬるいですよね。

 その後、ジェイムスからイザベラへ手紙が届きます。内容は父親から贈与される年収約400ポンドの聖職禄や土地はジェイムズが十分な年齢に達してからという条件が出され、結婚まで2~3年待つことになりました。キャサリン父親から祝福してもらえる二人の婚約を喜びますが、イザベラと母ソープ夫人は、未来の小姑キャサリンにこんなことを言います。

 「(略)もっとお出しになれるとわかれば、きっとそうしてくださいますよ。とても心のやさしいお方にちがいないんですもの。新婚生活を始めるには、400ポンドでは少なすぎるかもしれないけど、ね、イザベラ、あなたの望みはとても控えめでしょ?お金なんてそんな必要ないんじゃない?」

 「もっとお金があればいいって私が思うのは、自分のためじゃないのよ」とイザベラは言った。

 「いとしいジェイムズが私のために苦労すると思うと耐えられないの。生活必需品を買うのがやっとの収入で、彼が結婚生活を始めると思うと、とても耐えられないの。私のことはどうでもいいの。私は自分のことなんて考えていないわ」

  「うそつけぇ~!」本を読みながらのけぞってしまいました。もし私の兄の婚約者がこんなこと言ったら、世界一いじわるな小姑になってやると誓いをたてるでしょう(笑)

 そしてこのソープ夫人もこの娘にこの母ありでして…

 「(略)ね、イザベラ、よけいなことを考えてはいけないわ。おまえにちゃんとした財産があれば、モーランド氏はもっと奮発してくれたかもしれないなんて、そんなことを考えてはいけないわ。あの方はほんとに気前のいいお方にちがいないんですもの」

 「私ほどモーランド氏をよく思っている人はいないわ」とイザベラは言った。

 「でも、誰だって欠点はあるし、誰だって、自分のお金を好きなように使う権利はあるわ」

 キャサリンは、このあてこすりに傷ついて、思わずこう言った。

 「でも、私の父は、ほんとうにできるだけのことを約束してくれたと思うわ。」

 イザベラははっと我に返ったように言った。

 「もちろんよ、キャサリン、その点については疑問の余地はないわ。ね、あなたならわかってくれるでしょ?私はもっと少ない収入でも満足よ。私がいま元気がないのは、収入が少ないからではないの。私はお金なんて嫌いよ。(略)ジェイムズが聖職禄を得るまで、半年も待たなくてはということが問題なのよ」

 この母娘、キャサリンの前でシラっと失礼なことを言ってるんですよね。 

 そしてその後、イケメンのティルニー大尉を嫌いといいつつ、バースでいちゃついているうちに、噂がひろがり「イザベラとティルニー大尉が婚約か?!」となってジェームズの耳に入り二人は破局

 失意のジェイムズはそのことをノーサンガー・アビーに滞在しているキャサリンに手紙で知らせます。ヘンリーとエリナーはイザベラと兄ティルニー大尉が婚約するなど、本人から聞いていないので困惑します。その後、イザベラから手紙がきて自分に代わってジェイムズにとりなしてくれるようキャサリンに頼むのです。

 「あなたは私のとって一番大切な人ですもの。あなたのお兄様のことがとても心配です。オックスフォードへ行ったきり、一度も便りがないんですもの。何か誤解があるんじゃないかしら?あなたがとりなしてくださればきっと誤解も解けるわ。あなたのお兄様は、私が愛した、いいえ、私が愛するのことのできるただ一人の男性です。」

 「あなたがバースにいるときに、私を追いかけまわして困らせたあの人(ティルニー大尉)です。あのあとますますひどくなって、私の影法師みたいになったの。あんなにちやほやされたら、たいていの女性はだまされるんじゃないかしら。」

「でも私は、男性の浮気心を知っているからだまされないわ」

 「ほんとにいやな男です。最後の二日間は、シャーロット・デイヴィスにつきっきりでした。彼の趣味の悪さに同情したけど、放っておきました。」

 「私の顔はちょっと変わっているからターバンが似合うのよ。ティルニー大尉がそう言っていたわ。みんなが私を見ているって。でも、あんな人の言うことなんて信用しないわ。」

 「ああ、親愛なるキャサリン、どうかお願いです、お兄様と私にすぐに手紙を書いてください。」

 はぁ?どこから目線?何様?と読んでる私は怒り心頭ですが、ティルニー大尉に遊ばれて振られたことは救いですね。いつも情にほだされるキャサリンですが、これにはどう反応するのか心配でしたが...

 「イザベラのことはこれでおしまい!彼女とのおつきあいもこれでおしまい!彼女は私のことを馬鹿だと思っているのね。そうでなければ、こんな手紙を書けるはずがないわ。でもこの手紙のおかげで、私がどう思われているかわかったし、イザベラがどういう人間かわかってよかったわ。何もかもはっきりしたわ。イザベラはうぬぼれの強い浮気女なのね。そしてその手練手管がうまくいかなかったのね。彼女は私の兄のことも、私のことも、なんとも思っていなかったのね。あんな人と知り合わなければよかったわ」

 そう、もっと怒れ、キャサリン!こんな女に誠意を示す必要なんてないのよ!と言いたくなりますね(笑)

 彼女はイザベラのことが恥ずかしかったし、イザベラを愛した自分も恥ずかしかった。

 がっかりして自己嫌悪に陥ることは私もたびたびあるので、「自分も恥ずかしい」という気持ちは共感できます。 自分が信用していた人の本性を知ったとき、相手に対する失望より、信用していた自分に失望するほうが痛手が大きいんですよね。

 

 さて、キャサリンがなぜ突然「ノーサンガー・アビー」を去るようにヘンリーの父ティルニー将軍から言われたのかが疑問に残ります。

 実はティルニー将軍に誤解を与えたのがジョン・ソープです。本当に嫌な男です。

 ヘンリーがキャサリンに関心を持っていることに気づいたティルニー将軍は、たまたまそばにいたジョン・ソープにキャサリンのことを知っているかを尋ねたら、ジョンは事実に尾ひれをつけてキャサリンの家(モーランド家)はすごい大金持ちだと言ってしまうのです。

 厳格な将軍がなぜそんなアホなジョンの言葉を信じたか。それはジョンの妹イザベラがジェイムズと結婚するし、ジョンもキャサリンと結婚の可能性をほのめかしたため、モーランド家の情報は正しいだろうと判断したのでした。(貧乏な家に嫁がせるわけないと思ったのでしょう)そしてヘンリーがキャサリンに好意を持っていることはわかっていたから、ジョンとキャサリンの結婚を阻止すべく、ヘンリーにキャサリンを射止めよということになったわけです。

 ところが、その後、ジョンはキャサリンに振られ、イザベラとジェイムズも破局。再び将軍に会ったジョンは、振られた腹いせに将軍へ発言撤回し、実はモーランド家は貧乏で近所の評判も悪く金持ちと結婚させようと企んでいると言ってしまい、それを聞いた将軍はキャサリンに去るように言ったわけです。

 最後まで忌々しいソープ兄妹に振り回された感じですが、こういうキャラがいるからこそ、楽しめた作品でした。