鈴の文箱

日々の雑感(覚書)、本のこと(ネタバレあり)

検査入院顛末記

 以前のブログで触れた近いうちに行われるであろうカテーテル検査(血管造影)は、2月8日から10日の検査入院で実施された。

 前日の7日は母の外来があって、丸1日かかるところ、運よく昼前に終わり速攻で帰宅し、入院準備。

 朝8時半から9時までに入退院センターで手続きをしてくれと言われ、気合入れすぎて3時起き。前日までに母の3日分の常備菜や解凍でも食べられる冷凍食品を確認し、ペットボトルのお茶と水をテーブルに並べ、菓子パンも5,6種用意してあるので、炊飯のタイマーだけセットした。母の3日間留守番の大博打である。火事と水漏れだけは起こすなと言い続けて、家をでた。

 スーツケース持参なので通勤時間帯は避けたく早めに家を出るため、5時半にタクシーを呼んで駅まで行き、病院の最寄りの駅には6時半にはついてしまった。これでは早すぎ。病院行きの始発のバスは7時。さすがにバス停に立つには寒すぎて、フラフラ歩いていると1件空いてるカフェがあって、そこでコーヒーを飲む。検査の不安より、一人になった解放感があって、旅行気分である。

 早めに病院について、入院手続きを済ませて病棟に向かったが、あいにくまだ退院予定の人が遅れたため準備が整っていないということで、病棟を出て、11時まで大学の構内をうろうろしながら時間をつぶした。総合図書館の前にあるベンチで日向ぼっこをしながら若い学生さんに交じってスマホをいじる。これから入院する不安を感じないのが不思議である。

 11時になり、病棟に向かって入院生活スタート。初日の8日はMRI検査の予定だったが、入院が遅れたため翌日に持ち越し。病衣を着て、入院患者となる。4人部屋の差額ベットでちょっと贅沢してみた。隣とは間仕切り家具で仕切られていて、トイレとシャワーも4人で使う。

 さっそく担当看護師から今後の予定などを説明してもらって間もなくランチ。

つけうどん(七味つき)、牛肉の煮込み、ナムル、りんごヨーグルト

 その後、シャワーを浴びて、周辺機器(テレビやセキュリティボックス)などいじっていると夕食

 

みそ汁、いかフライ&えびすりみっぽいフライ&白身魚フライ&ゆできゃべつ、もやしの酢の物、ゆず大根

 そして消灯時間9時まで歯ブラシしたり、テレビを見たりで過ごすが、早起きした私は睡魔が襲って8時ぐらいからウトウト。

 4人のうち私と隣のベッドの女性Cさんは同世代ぐらいで同じ日に入院した。向かいのベットの2人は80代ぐらいの女性たちであった。

 私の向かいのベットAさんは、術後の経過がよろしくないのか、「気持ちが悪い」を連発されている。寝ても覚めても「う~気持ち悪い」。食事の時間もこの調子で、こちらの食欲も減退である。このAさん、夜中に私のベットのカーテンを開けて「あなた、だれ?」とつぶやいて怖かった。すぐに看護師がとんできて、「どこにいったかと思いましたよ。もう消灯時間ですよ」とたしなめられていた。するとすぐに「気持ち悪いのよ、吐くほどじゃないけど、気持ち悪い」と連発。こっちにしてみれば、Aさんのほうがよっぽと気持ち悪い。

 そのAさんの「気持ち悪い」呪文が途絶えて、高いびきとともに寝入ったころ、「これ、開かないわ」と私のカーテンを開き始めた人がいた。もう一人の80代の女性Bさんである。私は思わずガバっとおきて、「何ですか?やめてください」と言うと「あ、ごめんなさい」と自分のベットにもどった。

 すると独り言を言い出した「あ、雨が降ってきた。洗濯物をいれなくちゃ。ロッカーの扉が開かないわ」と私とCさんの人のカーテンを開け始めた。Cさんは寝たふりを続けたが、私のところにきたとき、テーブルの上の衣類を触り始めたので、「何をしているんですか?それは私のです。」というと、「嫁がよけいなことをして洗濯物が濡れるのよ」という。知らんがなと思うが、そのあと窓に向かって鍵がかかっている窓を必死に開けようとするのだ。「雨が降ってきたのに洗濯物が濡れちゃうわ」というが、東京の夜は晴れである。ガタガタと音を立てて窓を開けようとする。「看護師さん呼びますね!」と切れた私はすかさずナースコール。

 いつもなら「どうされましたか?」と聞くはずが、速攻で飛んできた。看護師は「すみません。」と私に小声でささやき、「さ、行きますよ」と部屋から連れ出した。30分ほどして落ち着いたのか部屋に戻ってきた。まもなくAさんの点滴交換に看護師が現れたら、Bさんは「シャワーに入りたい」と言い出した。時間は午前2時。看護師は「この時間はだめですよ。朝食後に入りましょうね」となだめた。しばらく静かになり、私もようやくウトウトしていたら、シャワーの音。スマホで時間を確認すると午前3時半。その音でAさんも目覚めて「う~気持ち悪い」の呪文を繰り返す。

 入院初夜の強烈パンチ。勘弁してよ~と心の中でつぶやく。隣のCさんは静かだが、ガンマナイフを控えているので眠れているのだろうかと心配にもなる。

 翌朝の検温で看護師が「昨日はすみませんでした」と謝った。「強烈でしたね~」と笑いながら話したが、「なんとかしないとと思ってます」と深刻な表情。

 5時に起きた私は、薬を飲み6時から飲食水禁止となり、8時に寝巻タイプの病衣に着替え、T字帯以外はスッポンポン。裸足で靴をはいてMRIへ。終了後、迎えにきたストレッチャーに載って、いざアンギオ室へ一番乗りである。担当者が自己紹介をしてくれるが、究極の睡眠不足で腕の部分麻酔が全身に回っているかのようで、よく覚えていない。腕頭動脈から無事に行うことができた。その後、軽い麻酔マスクをつけられて意識は朦朧。だが、撮影のときに「息を止めて!」の声で我に返って息を止める。主治医の先生の指示の声が聞こえる。ちろっと横目でモニターを見ると、インプラントの根本までくっきり移っている私の頭骸骨とその上をはっている血管が見える。造影剤が入ると舌の下からフワ~っと暖かいものが感じられる。そしてウトウトしそうになると「はい、そこで息を止めて!」と言われて、目が覚めて息を止める。そんな調子が続く。

 「終わりましたよ」と先生の声。どうやら流血状態だったようで、蒸しタオルでごしごし腕を拭かれている。止血のために手首をすごく強く押され、ガチガチにテープで巻かれたのち固定具を付けられて終了。5時間は手首を動かすの禁止。時間は10時半すぎ。怒濤の検査は終わった。

 これでホッとするなかれ、私の心配はその後である。母は冠動脈カテーテル検査後は全く普通に過ごせた。しかし、父は血管造影を行った夜はかならず嘔吐した。私は父に似ているので、吐き気がくるだろうと思ったが、クラクラしている感覚の方が強かった。朝6時から何も飲まず食わずなので、ランチは少しでも食べようと決めた。

おにぎり(具なし)、とろ鯵みぞれ煮、インゲンの胡麻和え、わかめとねぎの味噌汁、カットオレンジ

 右手が固定されているのため、おにぎりを出してくれた。1つ食べて、魚も一口食べた。オレンジも食べて、みそ汁もちょっとすすった。しかし、起きてるとクラクラしてしんどく、すぐに横になった。

 その間、向かいのAさんは「気持ち悪い、あ~、気持ち悪い」と呪文を唱える。やがて、私の胃袋が異変をきたし、「う、吐きそう...」である。父のときと同じ症状だ。すぐにナースコールすると「どうしました?」の優しい声。「ランチを少し食べたんですけど、やっぱり吐き気が...」というと、「すぐに行きますね」と点滴片手にやってきた。するとAさんの呪文が途絶えた(笑)。吐き気を抑える点滴が効いて、嘔吐することなく食べたものは消化されていった。点滴の間、横になって安静にしていたら、なんだか騒がしい。

 ガンマナイフを終えたCさんがBさんに優しく話しかけている。食事の話やテレビの話をしているが、つじつまが合わなくなっている。その後、Cさんに面会客がきたため、Bさんは一人でベットに残ったが、廊下に出てなにかやらかしたらしい。看護師と談話室に行ったはずのCさんと一緒に戻ってきた。Bさんは泣いている。Bさんのご乱心はピークに達していたようだ。

 「だって、みんなして私のことをあれこれ言うんだもの。私はただおとうさん(夫)を探しにいっただけなのに。今日、連れて帰るわよ!」と泣きながらいう。どうもBさんは自分が入院していることを忘れているらしい。看護師とCさんがかわるがわる「おとうさんはおうちで待ってるんでしょ?だってここはT病院よ」というと「病院?ここ、病院なの?」とそんな調子で押し問答が繰り返され、やがて看護師が現場を離れた。Cさんが「一緒にガンマナイフの治療を受けたじゃない。今日、やったでしょ?」と思い出させるが、そのときは「そうね」というが、「でもお父さんがいないのよ」と話が戻る。

 そこへ、看護師が再びきて、「Bさん、今日、退院ですよ」と宣告。「今、息子さんが迎えにきますから、荷物をまとめましょう」。Bさんは「息子?なんで息子がくるの?退院?」といっそう訳が分からなくなった状態で、息子さんが迎えにきた。

 平謝りの息子さんが痛々しい。「本当にご迷惑かけてすみません」と廊下の向こうから部屋に入るまで連発しているのが聞こえた。

 「なんであんたが来るのよ。」とBさん

 「かあさんが暴れてるって連絡があったから、仕事を途中で抜けてきたんだよ。さ、帰ろう」

 「おとうさんはどうしたのよ」

 「おとうさんは5,6年前に死んだだろ、しっかりしてくれよ」

 これには一同驚きである。

 「私の携帯がなくなっちゃたのよ、さがしてくれない?」

 息子さんがBさんの番号にかけると、携帯がどこからか鳴った。なんとAさんのベッドの端に挟まっていた。

 「あの、この携帯はおたくのですしょうか?」とおずおず聞くと

 Aさんは「誰のかしらと思ったんだけど、私も忘れてそのままにしちゃったわ」との答弁。

 Bさんの荷物をまとめている間、病棟クラークがきて、入院費の精算書をもってきた。そしてガンマナイフがあと1回残っているが、それは外来でということになって、その予約もすでに終えて息子さんに伝える。急遽退院になったBさんの事務処理の速さに驚きである。

 Bさんが去った後、夕食タイムとなった。

中華スープ、中華風炒め煮、蒸しシュウマイ、野沢菜漬け

 吐き気が収まった私は、Aさんの「気持ち悪い」のBGMを聞きながら、おいしくいただくことができた。

 睡眠不足と検査疲れで9時の消灯後、すぐに眠れた。時折、「気持ち悪い」の夜の祈りが聞こえるが、それも聞こえなくなるほど爆睡したようで、朝5時の目覚めはすっきりしたものである。

ロールパン、いちごジャム、鶏と野菜のソテー、バナナ、牛乳

 私とCさんは今日退院♪ 朝食を済ませ、荷物をまとめてナースコール。バーコードの腕輪を外して無事退院。Aさん一人となったが、今も「気持ち悪い」を連発していることだろう。

 午前9時過ぎには病院を出られたので帰宅は午前10時半。家はさぞかし汚れていると思ったら、金曜日のごみ出しもしたらしく、トイレも汚していなかった。洗濯もしてあったが、衣類洗剤が見つからなくて、ヘアコンディショナーで洗ったらしい(爆)。

 私は入院前に「もしかしたら長引くかもしれない」と脅しをかけていたので、母は私が早くて明日か明後日だと思っていたらしい。

 3日間の検査入院、のんびり過ごせると思ったら、とんだハプニングがあったが、おもしろい3日間だった。