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鈴の本箱

本のこと、あれこれ(覚書)

こころの旅

人文・教育

 自分の二十代を振り返ると、やたらと悩んでばかりいて、自分のキャパが小さいためか、熟考を重ねる余裕もなく、まるで即効薬を求めるように、手当たり次第、本を読み漁っていました。
 当時、紀子様の愛読書ということで話題になっていた神谷美恵子『こころの旅』もその一冊です。

こころの旅

 『青年期には人生本番への関所がある』という言葉が印象的でした。職業の選択、恋愛、配偶者の選択など、決断の多い時期です。

青年前期における身体的、心理的激変に加えて後期における社会的・個人的課題の重さに耐えるには生まれつきの素質はもとより、それまでどう育ち、育てられたか、環境が現在どういうものであるか、が大きくものをいう。

 二十代のときにもっと自分の環境を客観的に見つめることができたら、もう少し違っていたかもしれません。父が亡くなり家族の変化も加わって、そのときはひどく焦燥感にかられていて、じっくりと自分の気持ちと向き合いながら読むまでに至りませんでした。


 今回、改めてページを開いてみました。

 誕生から死を迎えるまでの人生の節目を各章ごとにまとめてある本です。子供の発育、発達、そして家族、社会との関わり、身体と精神の発達、変化などを踏まえて、学術的ながらもわかりやすく解説しています。

 現在の私は、この本の中では半分の章が過去の人生になってしまいました。とはいえ、人生の旅路なかばに入っても、いまだ悩みや葛藤は絶えません。「中年の危機」というんでしょうか。

 ダンテの『神曲』の引用がありました。

「人生の旅路半ばに私は暗い森の中にさまよいこみ、まっすぐな道を見失った。あの野蛮な、過酷な、密林のことを語るのはなんとむつかしいことだろう。そのことを考えるだけでも私のおそれはよみがえる。死の方がましと思えるほどひといものだった。」

  若いときは未熟で経験が少ないゆえの悩みでしたが、年とともに社会経験が重ねるにつれ、現実の厳しさを知りすぎて、また悩むわけです。漠然としたものが立ちふさがり、体力的な変化も感じつつ、出口の見えない森の中にさまよっているのです。

 人生の旅路半ばに悩み多いところにさしかかっても、その悩みをバネに、意志と決断と選択により、あえて冒険をおかしてより建設的な、より創造的な生き方にきりかえられるならば、これは決してマイナスとはいえないだろう。過去を切りすてられないための不決断こそ、人生後半の悔いの多い、ぐちの多いものにしてしまうおそれがある。これは青年期よりいっそう深刻な「危機」であろう。

 後悔ばかり、グチばかりの人生は避けたいものです。決心するのは勇気がいりますが、著者はそんな弱気な私をこう奮い立たせてくれます。 

 こういう決心をするとき、人のこころには「もうよけいなことをしている暇はない。なるべく自分にとって本質的なことをやろう」という思いが満ち溢れていることであろう。

 この本によって、ときには自分の一生全体を俯瞰することは大事なのかもしれないと思うようになりました。人生の節目節目にページを開きたくなる一冊だと思います。

 

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