鈴の文箱

日々の雑感(覚書)、本のこと(ネタバレあり)

アズブカ

 大切にしたいと思える一冊に久しぶりに出会いました。

 『アズブカ』レフ・トルストイ著( ふみ子・デイヴィス訳 ナターリヤ・トルスタヤ絵)

アズブカ

アズブカ

 

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 ロシアの文豪トルストイが作成した初等教科書『アズブカ』に収録された子供向け「読書の環」から選出した作品を新訳したものです。

 冒頭、訳者による「はじめに」によれば、「アズブカ」とは日本の「あいうえお」と同じで、ものごとの基礎知識がここに凝縮されているとのこと。

 1994年再販の監修を手掛けたテクスト校訂学者レミゾフの紹介文では、

 『アズブカ』は子供たちの読書習慣を練達させ、正確な読み書きと話し方といった言語知識を学ばせるための教科書である。またロシア語を正しく深く理解することによって、子供達が思索、思考する楽しみを見出し、自らを取り巻く環境に興味を持ち、親しく関わって愛するよう考案されたものであり、これらは子供達の両親や教師たちをも確実に手助けするものである。

 レフ・トルストイが完成させた『アズブカ』とは・・・民衆の秀でた知恵の源泉と人生の真の「いろは」とを大集結させたものである。

  言葉だけの「いろは」ではなく人生の「いろは」。ロシアの教育哲学が垣間見える気がします。

 この本は装幀がとてもきれいで、サンクトペテルブルグの聖堂の屋根のような黄金色に金文字のタイトル。これだけで大切にしたくなります。

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  作品は、前半は教材向けの短い話があり、後半にはトルストイのお話集があって、寓話、物語、実話などが編入されています。こども向けですがシュールな内容です。

 その中から気に入ったものをいくつかネタバレを...。

  •  「亀と鷲」

 亀が鷲に飛ぶ方法を尋ねますが、鷲は馬鹿な問いだと無視。それでも亀はしつこく尋ね続けたので、鷲は亀をつかんで空高く飛び上がり、空中から放り投げます。そして亀は石の上に落ちて砕けてしまったというお話です。

 小学校低学年の教科書でこれはかなりシビア(笑)。これは「身の程を知れ」ってことですかね。「鷲は冷たいですね」とか「亀がかわいそう」とか、そんなレベルじゃない気がします。

  •  「ライオンとねずみ」

 ライオンにつかまったネズミが、「放してくれたら、いつかあなたに良いことをお返しします」と約束します。そんな約束を馬鹿にして笑い出し放します。その後、ライオンは猟師に捕まって樹の幹に縄で縛られてしまい、そのときネズミが現れて縄を噛み切って助けます。そしてネズミはこう言います。

私がきっと良いことをお返ししますと約束したとき、笑ったのを覚えていますね。でも今は小さなネズミにも恩返しできることが、よくお分かりになったでしょう。

  ライオンの「傲慢さ」を指摘したネズミ。「ネズミさんはお約束を守りましたねぇ~」とか「ライオンさんは反省したかなぁ~?」とかそんな脳内お花畑的な先生がもしいたとしたら、「ニェット(нет)」(ノー)と厳しい指導がありそう(笑)

 大人がドキッとさせられるものもありました。

  •  「老人と孫」

 年老いてしまったお祖父さんは目も耳も不自由になって、歯も抜け落ちて、食事のとき、口に入れるごとに食べ物がぼろぼろとこぼれてしまいます。息子夫婦は一緒に食卓に着かせるのやめ、鉢に注いでペチカの隅で食べるようにしますが、その鉢を引き寄せようとして落としてしまい、鉢を割ってしまいました。嫁さんがキレて今度は「たらいでご飯を食べさせる」と罵ったのです。

 ある日、小さな息子が板を削って何かを作っていたので、息子夫婦が何を作っているのかを尋ねると、息子は「たらいを作っているんだよ。いつかお父さんとお母さんにこれで食べさせるためだよ」。息子夫婦はお祖父さんを粗末にしたことを恥じて泣き出してしまい、猛省します。そしてそれからは食卓を一緒に囲むようになりました。

 「子供は親の背中を見ている」ってことですね。

  •  「狼とお婆さん」

 空腹の狼が餌をあさって歩いていると、村はずれの百姓の家で男の子の泣いていて、お婆さんがあやしながらこう言います。「お前が泣き止まないなら、狼にくれてやるからね」。狼はそれを聞いてお婆さんが男の子を放り出すを待つことにします。やがて日が暮れて、男の子の泣き声とともにお婆さんの声が聞こえてきました。「坊や、狼に渡さないから泣かないで。狼がやってきたら、ぶっ殺してやるから」。狼はこう考えます。

『所詮、人の言うこととすることとは、ちぐはぐってことがよく解ったよ』

  確かに事実ではありますが、人間不信になりそうな...(笑)。それともそういう人にならないようにってことでしょうか。

 

 カナダで住んでいたアパートの管理人がロシア系の移民でしたが、夫婦と娘夫婦がいて、その孫娘はカナダ生まれ。家賃の小切手を払いに管理人の部屋をお邪魔したとき、クラシックバレエのレッスンから帰ってきたばかりの孫娘にすぐさま「さ、おさらいしなさい。お祖母さんにも見せなさい」。領収書を書きながらお祖母さんである管理人は「さ、見せてちょうだい。」私もその場にいたので「かわいいですね。」と言うと、「まだまだ、てんでだめよ。」と容赦ない(笑)。孫娘は「もう疲れた」と泣きそうですが、娘さんもお祖母さんも「そんなんじゃ、プリマになれないわよ!」と渇。管理人夫婦と娘夫婦はロシアで教育を受けているせいか、孫娘のカナダでの教育が歯がゆいそうでした。

 ちょうど今、平昌オリンピック開催中ですが、フィギュアスケートのメドベージェワ選手とコーチのエテリ・トゥトベリゼのドキュメンタリーの動画を見ていると、あの管理人夫婦が孫娘に厳しいのもうなずけました。

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