鈴の文箱

日々の雑感(覚書)、本のこと(ネタバレあり)

ジェイン・エア 1(ゲイツヘッド)

  たまにはネットで映画でも見ようと、Gyaoシャルロット・ゲンズブール主演の『ジェイン・エア(1996)』があり、久しぶりの鑑賞となりました。

Jane Eyre

 

 映画化/TVドラマ化を含めて5~6作ほどあるこの作品は、個人的にはこの1996年版が好きです。以前もこの作品は触れましたが、ロチェスターとジェインの出会いやハーレクインのロマンスに逸れてしまって浅い内容となってしまいました。

 原作は学生のときに新潮文庫版を読みました。若かったのでロチェスターとの出会いから鮮明に覚えていても、幼少期のジェインについては、孤児で伯母さんに引き取られて意地悪されて、厳しい寄宿学校に入れられたというザックリな記憶しかありませんでした。書籍のあらすじを見ても割と幼少期のあたりは簡単にまとめられています。

 今回、映画の中で幼少期のジェインを見ていて、原作では私のザックリ記憶以上に過酷な環境だったのではないかと思うようになり、もう一度原作を読みたくなったのです。今回は、2013年に初版された岩波文庫の新訳版を選びました。

 『ジェイン・エア』(シャーロット・ヴロンテ作/河島 弘美 訳)

ジェイン・エア(上) (岩波文庫)


 上下巻合わせて第38章に及ぶ長編、今回はザックリではなく丁寧に読んでいこうと思い、読書メモ的に少しずつ書いていこうと思います。(英文学のレポートみたいに退屈な内容にならないといいんですが...)

 まず、幼少期を過ごしたゲイツヘッドから。

  • ジェイン・エア
    10歳。(ジェインが使用人アボットから聞いた話では)貧しい牧師の父とリード家の娘だった母は身分違いを理由に結婚を反対されたが押し切って結婚。母方の父の怒りを買う。牧師の父は貧しい地域での活動でチフスにかかり死亡、母も父のチフスがうつり死亡。その後ジェインはリード家へ引き取られる。

 

ゲイツヘッド邸のリード家 

  • リード氏:9年前に死亡。生前、ジェインを実の子のように育てるように夫人に約束させる。
  • リード夫人:ジェインの母方の兄の妻。ジェインの義理の伯母
  • ジョン:14歳の長男。小動物や家畜の動物を殺す、菜園や園庭を荒らす、母親を「ばばあ」(Old Girl)と罵るなど悪事はことかかない(サイコキラーの兆しあり)
    何をしても罰せられないし、たしなめられることもない。学校に行ってるはずが、リード夫人は「虚弱な体質」を理由に2ヶ月前から家に戻す。ケーキや砂糖菓子を食べまくりかなりおデブ
  • イライザ:長女。頑固でわがまま
  • ジョージアナ:意地悪で揚げ足取りが得意
  • アボット:リード夫人付き使用人
  • ベッシー:子供の世話係

  冒頭からジェインの不遇な様子が描かれます。孤児が引き取られ先でいじめにあうというのは定番ではありますが、この作品は陰欝で冷酷さが色濃く出ていると思います。

 

 天気が悪かったため、午後の散歩が中止となり、リード夫人と3人の子供たちは客間で暖炉のそばで過ごしている。ジェインはその輪に入れてもらえない。

 ただ、なんとなくハブられているわけではなく、リード夫人は理由を告げます。

 「愛嬌のあるこどもらしい性質、活発で人を惹きつける態度、今より快活で自然で素直な子になろうと本気で努力していることが確認できるまでは分け隔てる。」

 意地悪な環境で育ったジェインがどう努力してよいのか、たとえ彼女なりに努力しても、リード夫人が認める気がなければそれまでです。

 客間の隣にある小さい朝食室の出窓でビューイックの『英国鳥類図誌』を開くジェインは、本を読んでいるときは幸せでした。しかし、ジョンがやってきます。出窓のカーテンに隠れていましたが、イライザに見つかり、ジェインはジョンの前に立ちます。

 ここからジョンのいじめというより、リンチがはじまります。

  • ジョン、つけ根が痛くならない程度にできるだけ長く舌を突き出すアッカンベーを3分間やる。

He spent some three minutes in thrusting out his tongue at me as far as he could without damaging the roots

  • それから突然、力いっぱいジェインを殴る。その衝撃でフラついたジェインは、1、2歩下がる。

He struck suddenly and strongly. I tottered, and on regaining my equilibrium retired back a step or two from his chair.

 「struck」「tottered」「 regaining my equilibrium...」の言葉から、突然殴られたジェインの衝撃がどれほどだったか。しっかり立てないほどの一撃です。

 ジョンは「リード夫人に対するジェインの態度とカーテンに隠れた罰」とのたまい、さらに、カーテンの陰で本を読んでいたことにも言及します。

「(略)さ、僕の本棚をかき回したらどんな目にあうか、思い知らせてやる。本はみんな僕のもの、この家は、そっくり全部僕のものなんだからな。今はそうじゃなくても2、3年たてばそうなる。ドアのそばに行って、鏡と窓から離れて立て。」

 ドアのそばに立たされたジェイン。14歳、厨二病のおデブのジョンは本を振り上げて構えると、野球のピッチャーのように思いっきり投げます。

When I saw him lift and poise the book and stand in act to hurl it, I instinctively started aside with a cry of alarm: not soon enough, however; the volume was flung, it hit me, and I fell, striking my head against the door and cutting it. The cut bled, the pain was sharp

 「思いっきり」ではまだその強さは伝わらないかもしれません。ジョンの行動描写の言葉を一つ一つ確認すると、彼の残忍さがわかります。

 「hurl」は英英辞典によれば、「throw with great force」。14歳のジョンがすごい勢いで投げた本が、10歳の小柄なジェインめがけてきたわけです。 本能的に悲鳴をあげて避けようとしたジェインですが、間に合わず当たってしまいます。

 「flung: throw or hurl forcefully」つまり「great force+forcefully」の力で投げる、ジョンが満身の力で投げたわけです。

 その衝撃でドアに頭をぶつけたジェイン。血が流れて痛烈な痛みに襲われます。

 

 映画で同様のシーンを調べると、このシーンが飛ばしてあったり、またはアレンジが加えられているのが多いです。

  • 本は投げるけどジェインに当たらず外れる、そして代わりにカップをぶつける
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  •  本を投げるまえにジェインが食らいつく(このジョンはちょっと小さい)
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  • 本は投げず、本で顔をひっぱたいてジェインの頭をドアにぶつける(出窓のソファーの飾りドア)
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 さて、投げられてしまう運命のビューイックの『英国鳥類図誌』はどのくらいの大きさなのかも気になります。

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 全2巻で初版本は総皮装の頑丈な装丁、サイズ14 ×22.5 cm、B5サイズより少し小さいめといういったところでしょうか。ページ数は第1巻は335p, 第2巻は400p。かなり厚く、おそらく重いはず...。

 原作に忠実に再現したら子役のジェーンの命に関わるかもしれないかもしれませんね。

 

 その後、

恐怖は頂点を超え、別の感情が湧き上がってきた。  

 別の感情、そうジェインはキレたのです。

「意地悪!ひどいわ!人殺しみたい。まるで奴隷の監督よ。ローマの皇帝そっくり!」

 ゴールドスミスの『ローマ史』を読んでいたわたしは、ネロやカリグラなどについて自分なりの意見を持っていて、そういう皇帝たちとジョンを、心の中でひそかに比較してみたことがあった。

  ジョンは勢いよく飛びかかりジェインの髪の毛と肩をつかみ、ジェインも死に物狂いです。出血は首すじを伝って流れて痛烈な痛みとともに、恐怖を忘れ、半狂乱でジョンと戦ったのです。ジェインにしてみれば、命掛けです。

 ジョンが大声でわめいたところへ、リード夫人、メイドのアボットと子守のベッシーがきて、ジェインは引き離され、「赤い部屋」に連れて行かれます。

 

 ここまでが第1章です。この1章だけで私はかなり気が滅入りました。10歳のジェイン、私もその頃に大人への不信感が芽生えていたので、ジェインの感情がぐいぐい心に入ってきました。

mtwood.hatenablog.com

 大人の内面を子どもは本能的に感じるものですよね。ジェインはそれでもここで暮らしていかなければ生きていけない。ムチで叩かれ続けたサーカスの動物がある日襲うように、ジェインの我慢の限界があることを、リード夫人やジョンは知るべきでした。

 

 1996年映画版「Jane Eyre Piano Theme」 

  
Alessio Vlad & Claudio Capponi - Jane Eyre Piano Theme - 1996