鈴の文箱

日々の雑感(覚書)、本のこと(ネタバレあり)

ワンス・ア・イヤー

 買い物帰りに立ち寄ったブックオフの100円文庫の中から選んだ一冊。

 林真理子著『ワンス・ア・イヤー』

ワンス・ア・イヤー 私はいかに傷つき、いかに戦ったか (角川文庫)

 フィクションですが、23歳から36歳の14年間の著者の自伝的な小説です。時代は80年代。流行りのファッションや店、ゲーム(パックマン)、車載電話などのアイテムがプクプクと文面に泡を吹かせています。バブリーな80年代の歴史小説ともいえそうです。

 七、八年前に著者の講演を聴いたとき、就活で大手出版社を受けたことを話してくれました。

 美人でかわいい子の面接時間が20分近くあったのに、自分のときはたったの3分。精一杯ぶりっ子して自己紹介したが面接官はそっけなく、結果は不合格。その悔しさから「いつか有名な作家になって、この出版社の編集者をこき使ってやると誓ったんです。だからこうして作家になれたことがすごく幸せです」と具体的な出版社名まで挙げて、会場を沸かせました。

 この作品で、大学卒業後、安アパートに住み、かつらメーカーの植毛作業というバイトをしている地味な主人公が、同じアパートに住むOL幸子からコピーライターの話を聞き、学校に通ってコピーライターになります。この頃から、幸子や女子大生の真由美を心の中で妬んだりひがんだり、彼女たちの知り合いの男の子たちをあれこれ批評したりと「私」の苦い部分が描かれています。

 そして広告プロダクションに入社し、コピーを書き、エッセイを書き、本が売れ、やがて直木賞作家に....。

 キャリア・アップしていく彼女は、住む場所も、「男」もグレードアップしていきます。ルックス、職業、身のこなし...とかなりうるさい。

 中堅広告代理店の営業マン、CMディレクター、大手広告代理店の営業マン、超エリート弁護士、中近東で出会った石油プラントのエンジニアなど。もちろん職業のみならず、実家は世田谷だの葉山だの、着ている服はどこのブランドだの、着こなしがどうの、背は高いだの低いだの、横顔がきれいだの、指が長いだの、それに合わせて「私」も有名ブランドの洋服とともに磨きがかかって、ハーレクインのようなセレブの描写に何度も笑ってしまいました。

 以前、何かの番組で密着取材で自宅や行きつけの店など林真理子がいろいろ説明していたときに、安住アナが「5秒に1回は自慢が入りますね」と揶揄したことがありましたが、そんな姿も作品の主人公と重なります。

 文筆系トークバラエティ番組で、藤沢周氏が「林真理子さんが羽田くんにピッタリの子がいるのよって。今度ちゃんと紹介するから連絡してって言われてたんだわ。」と言ったときに、『野心のすすめ』を読んだ羽田圭介氏が「林さんが薦めてくるっていうだけで、すごい金使いの荒い女じゃっ...」とのけぞっていましたっけ。林氏に認知されていることにビビっている姿が印象的でした(笑)

 さて、作品ではいろんな男性と付き合いながら、出会って3日目の男性にプロポーズされて結婚を決めます。熱心にプロポーズされてあっさり承諾したいうのは意外でした。そして10年近く腐れ縁でセフレ状態だった明男と別れることになるのですが、ここにも「私」の執念があるのです。今まで「愛」を語ることのなかった明男に「私」はいつも苛立っていたので、結婚を理由に自分から別れを切り出して相手の動揺する姿を見てみたいというわけです。

 私はよくその時のことを想像することがあった。ある日、突然、結婚するわと明男に告げる、その時彼はどんな表情をするのだろうか。

 そしていよいよ明男に告げます。 

 私は高らかに言う。

 「もう私に触れないでね。もう私は人のものなんだから」

 この時代がかった言い方は意外にも効果があり、明男をしゅんとさせる。

 「そうだな、悪かったな」

 指がぴたりと落ちていた。

 「馬鹿!」

 気がついたら私が彼の腕をつかんでいた。

 「最後にキスぐらいしなさいよ」

  昼メロ?いえ、肉食系女子と言いましょうか、「主導権は私」というまさに女王様気質です。「私」の野心や欲望がストレートすぎて、むしろ清々しさを感じるほどです。

 そういえば、ユーミンも歌っていましたっけ。これも78年リリースですからバブル時代に近いですね(笑)

欲しいものは欲しいと云った方が勝ち

 

 昨日、日米通算4257安打を達成したイチローが会見を開いたときの言葉です。

 僕は子どもの頃から人に笑われてきたことを常に達成してきているという自負はある。

  あのときの悔しさがエネルギーとなって結果につなげる。この作品の「私」もコンプレックスや悔しさがあるからこそ、ああなりたい、こうなりたいという欲望に向かっていけるのかもしれません。

 あとがきで中森明夫がこう述べています。

なんということだろう。林真理子という一女性の欲望が、その後のすべての女たちの欲望を、時代の欲望そのものを体現してしまうということ。

 これからは体現されていく女性がもっとたくさん出てくるでしょう。でも欲を満たすとはいえ、モラルや法を守ることが大前提ですし、あまりに大きな代償を払って後悔するなんてことがないようにしたいものです。