鈴の文箱

日々の雑感(覚書)、本のこと(ネタバレあり)

勉強法 教養講座「情報分析とは何か」

 ユーチューブの「日経テレ東大学」が終わってしまい、次は何を見ようかと右バーに並んでいるサムネールにホリエモン佐藤優の対談があってなんとなく見ていた。


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 内容はワクチンの話題だったが、あのホリエモンが「さすが、ロシアは詳しいですね」と言わしめた佐藤氏の著書への関心が再び沸き、読みやすそうなものを数冊選んだ中の1冊目がこれ。(以下長文)

『勉強法 教養講座「情報分析とは何か」』(佐藤優 著/角川新書)

 これは、『危機を覆す情報分析 知の実践講義「インテリジェンスとは何か」』に加筆修正し改題したもの。

 改題された『勉強法 教養講座「情報分析とは何か」』では5つのテーマを挙げている。

  • インテリジェンスの理論
  • 国際情勢に関する具体的分析
  • 読書術
  • 日本の大学生やビジネスパーソンに起きがちな知的欠損
  • 受験勉強の仕方

 これらのテーマに通底しているのが、インテリジェンスの技法や情報分析の根本にある勉強法ということである。学生向けの勉強というより、社会人の教養のための勉強法だ。

 インテリジェンスとはなんぞや?という初歩の初歩すらわからない私にはまずは定義を知ることになる。

 インフォメーション:周りの中にある情報(新聞や雑誌、メディア)

 インテリジェンス:秘密情報

 この二つは相関関係にあって、インフォメーションの土台にインテリジェンスがある。その違いは情報の濃度、密度、幅、指向性などである。

 インテリジェンスは常に物語として出てくることを認識することを説いている。

 ・アメリカCIAが語るのはCIAとしての物語
 ・ロシアのSVR(ロシア対外情報庁)が語るのはSVRとしての物語
 ですからインテリジェンスを勉強するとき、一番重要なのは、実は文学なのです。文芸批評的な手法、文学史的な手法、これが重要になってきます。

 日本でも「霞が関文学」がある。財務省官僚で、明治大学の田中秀明教授による定義では、

霞が関文学とは)言質をとられない言い方、柔軟な解釈が可能で、後々逃げることができるようなあいまいな話法や文章。官僚が省益を守るためや、リスクを回避するために、さらには政治家に抵抗する際などに使われることが多い

 村上春樹のあいまいな表現を読み解くのと似ている。やはり文学なのだろう。

 それぞれの立ち位置から物事をみる。佐藤氏はウクライナやロシアの新聞や政府の公式発表など読まれているので、それぞれの対象国の視点や立ち位置をよく理解している。

 「東京大地塾」の動画でそれがよくわかる。各国報道や各国政府発表のコメントを読み上げ、その文面からの浮かびあがるその国の思惑を分析している。(音質悪し。12:00あたりから)


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 本書ではノートの取り方にも触れる。メモの取り方によって知っていることと知らないことを分ける。

 話を聞きながらノートをとるときに全部ベタでとるようなやり方ではなく、ポイントと思うところや大事な数字を明記して、流れが把握できるようなノートにする。その後、できれば三時間以内にノートを見直し、話を辿ってみる。そしてその日のうちにレポートにまとめる。この訓練をするだけで、記憶力が増すらしい。

 例えばロシアで「Сегодня я хотел бы .......」と言われてロシア語のわかる人ならすぐにメモがとれるが、わからなければメモが取れない。その時点ではそこは自分のわからない部分になる。ICレコーダーを使うとしたら要点の取りこぼしをチェックするぐらいにする程度にしておく。

 自分は何を知っていて、何を知らないのか。インテリジェンスの技法の中でも非常に重要なことらしい。つまり、「知ってるつもり」は危険ということかもしれない。

 人は物語が欲しいから陰謀論に飛びつくという。

陰謀論は日本の調子が悪いのは誰かのせい、自分の様子が悪いのはだれかのせいと、ヒトのせいにするのが特徴です。

 これはSNSでよくみられる傾向で、自分が思っていることを「こうではないか」と書き込めば、「そうだ、そのとおりだ」という返事がある。そうすると自分は「やはりそうなんだ」と思う。そこに承認欲求が満たされれば自信もついて確信してしまうだろう。

 スノーデンについてはおもしろい内容だった。

 「アメリカはシリアへの武器輸出の話が山ほどある」という情報を持つスノーデンがロシアに亡命した。プーチンがその情報を握っているので、アメリカと全面対決しているという見方がある。

 私は、ロシアはアメリカの情報を持っているスノーデンをある程度は歓迎しているだろうと思っていたが甘かったようだ。佐藤氏いわく、プーチンはスノーデンが大嫌いで「コブタ」とか「ゴミ」と言っているらしい。

 プーチンは、「元インテリジェンスオフィサーという言葉は存在しない」とたびたび発言しているそうだ。

プーチンは)国のために働きたいと情報機関の組織に入ったなら、その人間は組織をたとえ離れても、一生国家のため、インテリジェンス機関のために尽くすものである。それを忘れてはいけないという考え方の持ち主です

 忠誠を誓ったら、死ぬまで機密事項を守り抜くということ。民間会社だって守秘義務を破れば罰則があるのだから、国家レベルならなおのこと。言ってることはごもっともである。

 スノーデンはもしかしたら自分は悪いことをしているのではないかと、あるとき目覚めてしまって、このような悪いことはよくないと告白したくなった。中学生ぐらいの気持ちのまま大人になったスノーデン。香港に亡命し、内部文書を暴露し、リークしてしまったというわけだ。

 プーチンから見ると、自分から手を挙げて情報機関に入った人間が、こんなことをやるなど、クズとしか思えません。一体アメリカはどういう人事管理をしているのか、となる。

 亡命の経路についても、スノーデンは、当初の計画ではモスクワ経由でキューバに渡り、エクアドルに行こうとしていたらしい。ところがモスクワに到着した時点で、彼のパスポートが失効。香港を出発するときはギリ有効だったわけで、ロシアからすると、アメリカはなぜ早くスノーデンのパスポートを無効にしなかったのか、そうすれば香港から出られなかったはずなのにと思う。これは香港のCIAがスノーデンは出ることはないと思っていたようだ。そして彼がロシアに入国したとたん、あわててアメリカへの強制送還を要求したが、ロシアは拒否。

 秘密漏洩事案の場合は、国ごとで評価が異なりますから、帰す必要はありません。しかもロシアはこれまで何度も犯罪人引渡条約を結ぼうとアメリカに提案していたのに、アメリカは拒否し続けてきました。

 現在、スノーデンは難民としてロシアにいる。

 以前、ドキュメンタリーシチズンフォー』を見たとき、スノーデンが徐々に組織がおかしいと思う気持ちは理解できたし、彼の正義を貫いたのは悪くない気もしていた。でもそれはスノーデンの立場での考えであって、国家情報機関の立場からすればとんでもないはなしである。

 スノーデンをクズ扱いしたプーチンの言葉は私の頭にも一発喝を入れてくれた。スノーデンは、NSAとかCIAの職員として適性がなかったのだ。

 こうした具体例をいくつもあげながら、本書ではその後の、スパイ法や、勉強法、教養としておすすめの書籍と続いておもしろい。

 佐藤氏の幅広い情報量の多さに圧倒される。教科書についても詳しい。

 各国の歴史教育のレベルについては、私が実感したことがある。カナダにいたときに、韓国人留学生と日本の植民地支配についてのディスカッションがあった。彼らの歴史の教科書はそれについて何十ページも書かれており、かなりの時間を割いたと話していて、各自それぞれしっかりとした意見も持っていた。

 一方、私を含めた日本人留学生は、「過去にそういうことがありました」程度しか答えられず、具体的な意見が出なかった。少しあきれたように「言いたくないの?それとも言えないの?」とカナダ人の先生に言われて、少し悔しい思いをした。これはその場にいた日本人生徒がどうのというより、彼らほど詳しく習っていないということと、感情を刺激する内容には触れたくないと気持ちもあったのだと思う。

 佐藤氏が勧める明石書店『世界の教科書シリーズ』。

 「ロシア史」の教科書は上下巻で、日本語にすると合計1400ページある。これを小学校6年生から中学3年生の4年間で学ぶらしい。内容は日本の大学の教養課程のレベルに匹敵するレベルという。

 一方、イギリス神学校の歴史教科書は、明石書店『世界の教科書シリーズ イギリスの歴史(帝国の衝撃)』でも160ページだからロシアに比べればかなり薄め。11歳から14歳までの3年間で1冊。「お、ゆとり?」と思いきや、日本とは異なるアプローチ。

 例えば「ロアノーク入植」について書かれた部分では、イギリス人の入植者と現地人の先住民との対立が起きてそこから撤退することになる。詳細に書かれたその話を読んだ後、アクティビティで3人(うち2人は有色人種)の生徒の議論が記述されている。その後、「イングランド人は初めて建設した植民地でどんな過ちを犯したか?」について歴史雑誌の記事として書かせる。つまり考える。そして雑誌の記事として書かせるというのは、「~だと思いましたぁ」とか「~だと思いますぅ~」とかではなく、客観的に書かせるということだろう。

 教科書一つにしてもこうした国の比較ができるのだ。

 その後もたびたび佐藤氏が紹介する本は、(よくまあ、こういう本を見つけてくるなぁ)と感心するばかりだ。専門書に詳しいベテラン書店員並みである。『世界の教科書シリーズ』すら、私の購入履歴を考慮したアマゾンのAIは決して紹介してくれなかったのに...(笑)

 隙間時間にちょろっと読もうと思った新書だったが、何度も読み返すほどおもしろく、また情報満載の一冊となった。