昨日、母が退院した。入院病棟に朝9時半までに着替えを持っていき、受付で退院手続きし、その後、また入院病棟へと行き、また受付へ、そんなことを2、3回ほど繰り返す、すばらしく非効率な病院である。
入院中、持参した糖尿病の処方薬が変更になった説明を薬剤師から受け、その後、リハビリ担当者から自宅での過ごし方の説明を受け、最後に看護師さんからおかしな話を聞く。
今回、骨折入院したのは救急車で搬送された地元の病院。母の糖尿病は都内の大学病院。退院後、再び都内の大学病院まで通えるかどうかまだわからないので、当分の間の処方薬を頼んだら2週間分だった。
「2週間後に都内まで行けるかな、どうなんでしょうね」と私は看護師にきくと、
「『高速使っていけば2時間たらずで行けるわよ』っておっしゃてましたよ」と言った。
高速使うってことは車?タクシー?おいおい、いくらかかると思ってんの?と心の中で母に突っ込みつつ、今までずっと公共機関を利用してきた母がそんなこというかなという疑問もあった。
「あ、そんなこと言ってました?じゃ、行く気満々かな」とおちゃらけた
入院していたため、大学病院の予約外来を2回延長した。3回目の延長ができないシステムなため、入院中に処方してくれた先生から新たに紹介状を書いてもらって再診することを大学病院側から勧められた。そこで紹介状を頼むことにした。
とりあえず、通えるかどうかは母に会って話をしてから決めるしかない。
薬剤師、理学療法士、看護師とかわるがわる説明してくれたあと、ようやく母親が車いすにのってエレベーターから降りてきた。
「まだ、車いすなんですか?」と聞くと、看護師は「せっかく退院するのに転んでは困るので大事をとって車いすなんです。出口まで車いすを使ってください。」である。
面会から約3週間ぶりの母はなんだかぼんやりしていたが、「お大事に」「お世話になりました」と挨拶を交わしてスタッフと別れたとたん、急に元気になっていた。
再び、受付に行って紹介状や保険会社の診断書の依頼をし、ようやくタクシーで自宅へ。昼前に帰れたのでさっそくランチ。
入院中の話を聞いた。一人の高齢男性が病院の食事がまずいだの、ここの病院スタッフのダメだのクレームばかり。その人も救急搬送なので、普段通っている都内の病院に移りたいと訴えた。足首を骨折し、リハビリもまだ始めてばかりだからと看護師言われ、返した言葉が「高速使っていけば2時間たらずで行ける」。
そこで、私は「あれ?それはお母さんが看護師さんに言ったんじゃないの?」
「私?そんなこと言わないわよ」とおどろく母。
看護師に言われた言葉を伝えると、
「高速なんて車で大学病院行ったことないのに、そんなこと言わないよ、いい加減なこというのね。だれがそんなこと言ったの?」とご立腹。
「最後に見送ってくれた看護師さん」
「まあ、調子がいい!『お大事に~』なんてにっこりしといて、あなたにはそんなこと言うなんて!二重人格もいいとこだわ!」とすっかり元気になっていた。
母が言ったか言わないかどうてもよいが、私の印象はこの病院スタッフには高齢者に対する固定概念があるように感じた。他の病院に比べてスタッフがとても若い。20代がほとんどだった。経験が浅いため様々なタイプの高齢者をまだ知らないのかもしれない。
特徴的なのは「お母様は90歳ですので.....」「90歳の年齢を考えると.....」と説明に年齢がかならずついた。
ある日、「お母様はちょっとこだわりがあって、リハビリ中に....」との説明があった。母が理学療法士の勧める介護用具(杖)を使いたくないとつっぱねたらしい。そのときも「90歳ですので、その用具を使った方が.....」という。
面会できない状況なので母の様子はスタッフからしか伺えない状況。ただ、少し手を焼いている状況はわかった
私は「ああ、こだわりというか、がんこでわがままってことですよね、それアルアルですから」と笑った。
それにホッとしたのか「そうなんですぅ」と若い子らしい声で答える。
「母には地雷がありまして....」と私はおもしろおかしく話をすることにした。
「90歳だからどうの、こうの言われると地雷が爆発するシステムになってまして」
「え?」
「『人の顔みりゃ90,90って言われなくても分かってるわよ、馬鹿にして!』というのが起爆剤なので、そこに触れるとアウト。母のライバルは同い年の三浦雄一郎だから、私だってという気概もあります。」と話を盛る。
「あ~そうかぁ。そうだったんですねぇ」と笑いながらも心当たりはありそうな反応
「それから『杖』も地雷なんですよ。近所の老人会では杖を突くと『無理なさらないで~』と気を使ってくれるんですけど、言われた人たちの多くは『年寄り扱いして』と気を悪くするんです。その影響で母は「絶対杖は使わない」と心に誓ってるんです。気を使っているのに、気を悪くするという、高齢者の不思議な世界なんですけどね」
「そうですねぇ、そうか、そうですよね」とわかってるのかわかってないのかよくわからない反応。
「実は母の背中がだんだん丸くなってきたから、2年前にノルディックタイプを買ったんですけど、使ってくれなくてね。よければ、リハビリにそれを活用していただくことはできませんか?」と提案
「ノルディックタイプ?どういうものですか?」
「トレッキングにつかうストックですよ。軽いし、グリップを握るタイプなので、手首の負担も少ないし、体に沿わせるから上半身もまっすぐになるので」
「いいですね、それ!それ使いましょう!」と表情がパッと明るくなった
おいおい、理学療法士ならそれぐらい思いつかないのかい、内心突っ込みつつ、
「これを使うとき、絶対、『杖』と言わず、『ストック』っていえば、母は使うと思います」
そして、翌日、家にあったストックを渡し、リハビリ開始。退院後の今も、母は自宅でもご愛用。
今回、母がお世話になった若いスタッフたち。この超高齢化社会でいろんなタイプのいろんなクセのある高齢患者と向き合いながら、キャリアを積んでくれることを願っている。